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お蔵出し短編集

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その夜は、実は雲一つない空で、銀色の満月が天空に鎮座まします素敵な夜とやらだった。
繁華街を抜け15分も歩くと、住宅街にたどり着く。
その中でだらだらと続く坂を上ると、上り詰めたところにこぢんまりとした公園がある。
昼間のここは住宅街の奥様お子様御用達の公園で、逆に夜になるとまず人はいない。
近くのアパートに住んでいるオレがそう言うのだから間違いない。
カップルなんているはずもないので無粋な真似をすることもない。
オレとその子は、ただ歩き、そこを目指した。
道を知るオレが先に歩く。
その子が後をついてくる。
手を取り合うわけでもない。
オレは振り返らない。
付いてきている保証はない。
だけれどもなぜか、その子はオレのすぐ後ろにいるという確信がある。
公園の入り口をくぐる。
思った通り、人っ子一人いない。
「へぇ」
その子が感嘆の声を漏らす。
「どうした」
オレがその意味を聞き返す。
「なんだかさ、意味もなくロマンチックだよね」
その子がそんなことを言う、
目の前に広がるのは、月明かりに照らされたブランコと、滑り台と、砂場と、ベンチくらいなモノだ。
オレにはその感覚がよく分からない。
ふと、オレの脇をすり抜けてその子が公園に滑るように歩み入る。
月明かりの中でくるりと回ってみる。
「ボク、こういうの好きだな。吸血鬼の本能に感じるモノがあるよ」
月明かりの中で、妙に活き活きとその子は言う。
「・・・ところで」
オレが尋ねる。
「ん?」
「今更だが、おまえ、ボクっ娘なんだな」
えへへ、とその子が笑う。
ボブカットの髪の毛が、かかとが跳ねた拍子にふわりと軽く浮き上がる。
「いいじゃん。おじさんはこう言うの嫌いなヒト?」
「別に」
オレは素直に感想を口にする。
心の中に世界を作り上げる厨二病にはお似合いの一人称とも言えるな、と意地悪く思ってみたりする。
オレも公園の中に入っていく。
そしてブランコの後ろにある、金属のパイプで作られた公園の外枠に腰掛ける。
そのすぐ外側にはなだらかな草地が斜面になり広がる。
住宅街の中のささやかな緑って言うわけだ。
ふと腕時計を見る。
時間はもう、4時30分を回っている。
もうすぐ、明るくなり始める。
オレの左隣にちょこんとその子が腰掛ける。
オレは、まず考える。
そして、
「でも、本当は凄く危険だ」
オレは呟いた。
「?」
オレの言葉にその子が首をかしげた。
「おまえくらいの女の子が、夜中に繁華街で一人でうずくまっていたり、あまつさえ素性も知れないオレみたいな男にホイホイ付いてきたりして―――」
「おじさんは信用できるよ」
即答だった。
「おじさん、夕べ見た人の中ではたった一人だけ心がきれいなヒトだった。とても悲しそうだったけど―――もしかして、誰かに振られでもしたの?」
オレは思わず言葉に詰まった。
図星だったからだ。
オレはその日、3年間付き合った女についに結婚を切り出して、返す刀で別れ話を持ち出された。
盛り上がっていたのはオレだけで、彼女にはすっかり別の相手がいやがりまして、だらだらと腐りかけながらも続く関係に終止符を打ちたがっていたのは彼女で、そんな彼女にオレは指輪を用意して―――
結局、そいつをポケットから取り出して見せすらする前に、人生初のプロポーズは爆散し粉砕された、と言うわけだった。
「だから、ヤケ酒?」
傷口に遠慮なく塩をすり込むのも子供の無邪気さのなせる業か・・・。
しかし、これまた図星なのだ。
ふう、と空に向かってあごをあげながらため息をつく。
アルコール臭い息が空に流れ、消えていく。
このままオレの魂とやらも消えてしまえばいいのに。
「そうだよ」
とオレは答える。
「そんなことより、おまえのことじゃないか」
ふと思い出してオレはそう言う。
「青春の悩みなんだろ?オレで良ければ聞くぞ?いささか風変わりな悩みっぽかったけどな」
オレの言葉に、その子はふと俯く。
オレはそれを見て、この子はオレといて俯いてばかりだな、と馬鹿なことを思う。
「もう話したよ」
その子はそんな風に呟いた。
「友達の血が吸いたくなって、そんな自分が嫌になってってやつか」
「そうだよ。こんなの、ヘンタイだよね」
その子は悲しそうに呟く。
「いや、絶対ヘンタイだよ。ボクは、ヘンタイなんだろうな。ボクが吸血鬼だから、当たり前のことなのかも知れないけど、でも、父さんはこんな気持ちのことは一度も話してくれなかった」
そして、一度ぎゅっと目をつぶり、じっと何かにこらえるように、その子は足下に頭を向け、
不意に顔を上げると、まっすぐ目の前の宵闇の空間を見据えた。
「だから、ボクはもう良いんだ。死んじゃいたいんだ」
「おいおい」
オレは思わずその決意のこもった語気に押される。
「今晩・・・今晩一晩血を飲まなかったらボクはきっともう逝けるんだと思う。死ぬほどお腹がすいてても、幸いボクは血の味が全く好きじゃない。飲みたい気持ちは我慢が出来る。だから、ボクが逝くまで」
その子がそっとそう呟き、オレを見た。
「おじさんみたいなヒトと一緒にいたい。つまらないことを話したい。おしゃべりをしていれば、時間はいつの間にか過ぎるし、朝を迎えればボクはきっと逝けるから」
オレはまた言葉に詰まる。
設定でも、真剣であれば、真実なんだ。
この子にとっては。
厨二の世界は、この子と、それを取り巻く全てがそうで、あまつさえオレもこの子の見る世界では、その一員なんだ。
ふう、とため息をつく。
「生きていた方が、良いことだってあるぞ」
オレはそう言う。
「おまえによればたかだかおまえの2倍程度しか生きてないらしいオレだが、その中にもいろいろあったさ。良いことも、酷いことも。でも人生の振幅って言うのは、なんて言うか、味が深い。捨ててしまうのは、もったいないと思うんだが」
その子が少し微笑む。
「でも今は、そのどん底なんでしょ?」
意地の悪そうな口調で、ずけずけとその子が言う。
「どん底で結構。どん底なら、後は上がるしかないじゃないか」
オレがそう言うと、その子は一瞬あっけにとられた顔をして、それから急に破顔して腹を抱えて爆笑した。
「すんごいポジティブシンキングだね!」
しかも、涙を流すような爆笑ぶりだ。
「だって本当じゃないか。夕べは、そりゃ落ち込んだし、だからお酒に逃げたりもしたけど、明日はそれでも来るもんな。いや、実際ほとんどもうそこまで来てる。あいつに会えなくなっても、他にもきっと出会いはある」
指で何度も涙をぬぐいながらその子がようやく笑いの発作を落ち着かせる。
―――そこまで変なことを言ったつもりはないんだが。


作品名:お蔵出し短編集 作家名:匿川 名