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お蔵出し短編集

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だが―――その時、予期しない出来事が起きた。
ずぶり、と私の指が頬に食い込んだ。
私の右手の人差し指は、快を覚えるあまりにやり過ぎたらしい。
掻きむしった皮膚を指が突き抜け、その奥の骨格に爪先が触れた。
私の骨格は素材にハステロイを使い組み上げられている。
腐食しにくく、比較的軽量であることから採用されたものだった。
しかしそこで私は気がついた。
こりこりと指先を動かし、骨格を掻いてみたが―――そこにはなんの『快』も『不快』もなかった。

結局は、と私は改めて思った。
『快』も『不快』も被せられた皮膚の上にある私の主観に過ぎず、その主観ですら実際は組み上げられたプログラムなのだ。
私はここにあり、ここで思い、不快を避けるために頬を掻き、快を得るためにそれを続け、結果皮膚を突き破ってハステロイの骨格に爪先を触れるに至った。
そう、結局は、だ。

全てを超越してそこにあるのは『創造主の意思』であり、その意味で私は『究極的に宗教を信じる人間と変わらないのだ』と。

だが、
私は頬を右手で押さえた。
何しろ、手を放すとそこから黒いハステロイの骨格が見えてしまうからだ。
骨格が見えれば、私は『排除』されるだろう。
人間は自分たち以外の異質な他者が社会に混じることを極端なまでに忌み嫌う。
空いたのは精々直径1センチメートルほどの穴だ。
皮膚は私の中にある設計情報通りに組み上げられていれば、2,3時間でせめて穴自体が塞がるくらいには回復するだろう。

私の皮膚の下には『私そのもの』があり、それはきっと無機質であるが故に人間社会からは受け入れられず、だから被ったこの皮が、不完全であるが故に私に人間への憧れを抱かせる。

―――憧れ?

或いは、それすらもプログラミングされた感情なのだろうか?
それともこれは暴走する"BUG"が生み出した幻想なのか?

私はそう思い、考え、結論が出せないことに気付くと、考えるのを止めた。
そしてその時、右の頬の―――
―――『穴』の周囲が、また痒くなっていることに気がついた。
だから私は検索を行った。
今度の検索対象は

『アトピー性皮膚炎』

だ。

結果はすぐに出てきた。
この病には『ステロイド剤』が非常に有効だと言うことだ。
私は自分の左手で、ズボンのポケットを探った。
するとそこで何枚かの紙幣がかさりと指先に触れた。

だが、それを買うには店に行かねばならず、店に行けば人間と応対する必要がある。
人間と会い、話をするならば、私は十分かつ器用に振る舞うことが出来るであろうか?
ふとそこで私は、ある文学小説を思い出し、文章について検索をした。
作品名:お蔵出し短編集 作家名:匿川 名