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お蔵出し短編集

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「透!」
はっと目が覚めた。
鈍い痛みが頭をガンガンと締め付けた。
僕の肩をつかんでいたのは、母さんの手だった。
「良かった・・・真由美さんのベッドの脇で倒れていたから、どうしたのかと思って・・・」
母さんはそういって泣き崩れた。
廊下のほうからばたばたと音がする。
病室のドアが開き、看護師と眼鏡をかけた若い先生が中に飛び込んできた。
母さんがナースコールボタンで呼んだのだろう。
部屋の中はもうすっかり暗くなっていて、僕はびっしょりと汗をかいていた。
「どうしました?」
泣き崩れる母さんを見て、看護師が僕の方に尋ねた。
「何でもないんです。ちょっと僕の気分が悪くなったのを見て、母さんが驚いて先生を呼んだみたいです」
全ては夢だったのだろうか。
病室の開いた窓から夜の風が涼やかに流れ込んだ。
額の汗がゆっくりと引いていく。
半ばベッドの横に崩れた姿勢だった僕は、立ち上がろうと身を起こした。
そのとき、奇妙な違和感を感じた。
激しく一度心臓が跳ねた。
そろりと、違和感を覚えた方に目を向ける。
それは僕の右手の方だ。
それが見えた。
まさか、という感じと衝撃、そして驚愕。
僕の右手は、夢の中で見た形のままに真由美とつながれていたのだ。
そして何より、真由美の手にははっきりと力が込められていた。
それが真由美の意思なのだ。
最後に僕に告げた言葉の想いなのだ。
その力が陽に融ける氷のように、ゆるゆると緩み失われていく。
僕はそれを失うまいと、握る手にありったけの力を込めた。
「真由美!」
僕は真由美の耳元で叫んだ。
「この手の感触だよ!
 これを掴んで、辿ってくるんだ!
 見失うな!僕はここだ!ここにいるんだ!」
先生や看護師が呆気に取られている。
だがそんなのは構うもんか。
今の僕にはこの手の感触が全てだ。
失われていく力の感覚が全てなんだ。
「真由美!
 真由美!
 見失うな!
 僕はこっちだ!」
僕の手の中の感覚は無情に失われていく。
月明かりだけが、静かな個室に満ちていく。
やがて、真由美の手の中から完全に彼女の力が失せた。
僕は、彼女を救うことが出来なかった。
涙が溢れた。
あと一歩のところまで辿り着いて、間に合わなかった。
先生と看護師が静かに病室を出て行った。
母さんも、そっと立ち上がり、病室を出た。
僕の涙が、真由美の頬に落ちた。
カーテンが揺れ、室内に風が一陣流れる。
作品名:お蔵出し短編集 作家名:匿川 名