カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅱ
昼休みに入り、美紗は自席で手早く昼食を済ませると、フロアの端にある女子更衣室に入った。皆まだどこかで食事中なのか、部屋には誰もいなかった。
情報局に所属する女性陣は、制服組と事務官を合わせてもさほど多くはなかったが、美紗はまだ、彼女らとは挨拶程度のやり取りしかしたことがなかった。直轄チームの業務が忙しすぎて他の部署にいる女性職員と顔を合わせる機会がほとんどないせいもあったが、美紗自身が周囲に気後れして、誰とも馴染めずにいるのも確かだった。
第1部長に引き抜かれる形で来た職場では、要求される能力も、勤務する人間の質も、格段にレベルが高かった。特に、情報局専属の事務官は、以前に日垣が話していたとおり、男女を問わず、大半が留学経験のある院卒か、民間企業で海外駐在の経験を持つ中途採用者ばかりだった。入省と同時に情報局に配置された彼らは、さほど年数を経ずして、情報分析の専門家としてのキャリアを積み、担当専門官として活躍している。
ただの記録取りで怖気づく自分とは雲泥の差だ、と美紗は思った。学部卒の三年目、二四歳の美紗は、確かに情報局内ではほぼ最年少だった。しかし、自分の実力が周囲とは年齢差以上に開いていることを、この二か月で否応なく実感させられた。留学経験がないことも、気が弱い性格も、実年齢より七~八歳は年下に見える頼りなげな背格好も、すべてが漠然とした劣等感となっていた。第1部長の日垣は、成績優秀な職員には海外研修の機会があると言っていたが、今はとてもそんな夢を目指す状況にはない。
小さくため息をついた美紗は、部屋の壁際に置いてある姿見に目をやった。そこには、心細そうな顔をした小柄な女が映っていた。柔らかなラインの半袖のワンピースが、滑稽なほど子供じみて見える。見かけも、中身も、とても周囲からの信頼を得るには程遠い。
美紗は、ロッカーに常に置いてある紺色の夏物のジャケットを出した。それをワンピースの上に羽織ると、少しは落ち着いた雰囲気になったような気がした。服装で仕事をするわけではないが、気持ちを引き締めるくらいの役には立つかもしれない。
一時を少し回った頃、先任の松永が「直轄ジマ」に戻ってきた。松永は、比留川から事の経緯を聞くと、露骨に心配そうな顔をして、美紗の目の前で、件の会議の関連資料をすべてチェックし始めた。それを、比留川が遮った。
「だいたい、指導役のお前がミリミリと世話を焼き過ぎるから、鈴置がますます萎縮するんだろうが。任せると決まったら、本人が何か聞いてくるまで放っとけって」
「前もって決まってた話なら別にいいですけどね。いきなり行かせても、要領も何も分からんでしょう。鈴置はぶっつけ本番ってタイプじゃないんですから」
作品名:カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅱ 作家名:弦巻 耀