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レイドリフト・ドラゴンメイド 第10話 カーリのパラドックス

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 これは……えーと」
 記憶に詰まったカーリに、シエロは助け舟を出すつもりで引き継いだ。
「VRMMORPGは、量子コンピュータを使っています。
 量子コンピュータとは、量子の持つ重ね合わせ。さまざまな可能性が重ね合わさっている性質を利用することで、高速並列演算を行う物です。
 この重ね合わせが、魔法などの異能力がある世界の量子状態と重なり合うと、異世界への門となる。
 と言う可能性があるそうですね」
 だがカーリ博士は、「ありがとう」も言わずにまくしたてる。
「それを監視する。これは大変な偉業であると認識しております!
 そのデータ量は天文学的でありましょう!
 その上ランナフォンにより、現実世界まで見守ってくださるとは!
 その優しき心!
 ご両親様であるアウグル! 久 健太郎様とイーグルロード! 久 広美様の御判断へも合わせて感謝申し上げます! 」

 シエロは、この色白い黒髪の青年が、口から泡を飛ばすのをただ茫然と見ていた。
 次に、編美を見た。その表情はきょとんとした、あっけにとられた人間のそれだった。
「あの、そこまでご存知でしたら、自己紹介の必要はありませんね? 」
 シエロは、それは違うだろう。と言おうとしたが、冗談だと思い直してやめた。
 だがカーリタースは、深く下げた頭をベッドから跳ね上がる勢いで、実際に跳ね上がって立てると再び、まくしたて始めた。
「申し訳ありません! アイドルグループ、メイトライ5のことを失念しておりました! 20年前、世界が不思議にあふれた時代に、最前線で戦った者たち。
 異能力者との歩み寄りも始まり、平和な時代になると、戦時の記録は忌まわしい物とされるようになった。
 そこで戦時時代の人間でも、創造的なことができると示すために生まれたチーム! ベースのあなた様。ギターでボーカルの達美様。プロデュ-サーにしてキーボードでもあるミカエル・マーティン様! ドラムスのスキーマ様! トランペットの広美様! 」

 その時、医療センターのドアが開き、1人の男が駆け込んできた。
 彼も、ここの見張りと同じマニキュア4Pをまとっている。色はオレンジだ。
 シエロには、彼の立ち振る舞いに歴戦の戦いで裏打ちされた凄みを感じた。
 親の仕事柄、幼いころから何人もの軍人を見てきた。
 そのレベルから見ても、今近づく男は相当高いレベルでまとまっているのが見て取れた。
 その手には一枚のA4コピー紙を持っている。
 目的地は、シエロとカーリタース。
 男は歩みを止めると、ヘルメットの前を上げて素顔を見せた。
 黒い髪に白い物が混じっている、日本人には珍しい大柄な男。
「松瀬 信吾マネージャー! あなたを忘れていました! 」
 そう言って、カーリタースはその男を凝視している。
 やって来た男は、けげんそうな顔をすると、シエロとカーリタースを見つめた。

 カーリタースは、土下座しながら、しばらく沈黙していた。
「こうなったら……」
 そうつぶやくと、血走った目でシエロを睨みつけ、自分の点滴の針を引き抜いた。
 そして、シエロに飛び掛かり、自分の折れた右腕を固定する鉄パイプで殴りかかった!
「な! 何をする! ペンフレット博士! 」
 頭をかばいながらシエロは倒れた。
「自分も日本の役に立つことを示すためですよ! 」
 カーリタースは右腕の傷も構わず、シエロに馬乗りになると、首を絞め始めた!
 だが、普段から鍛えているシエロにとって、そんなものは簡単に外せるものだった。
 その瞬間、カーリタースの右腕が再び折れ、床に崩れ落ちた。
「ぎゃああ!!! 」
 その直後、まばゆい緑の光が何本もカーリタースに注ぎ込まれる。
 ランナフォンのレーザーだ。
 だが、プロジェクターの出力ではない。
 その当たった部分が、小さいが茶色い焼け跡となる。
「熱い アツィ! 自分は、味方だ!! 」
 複数のランナフォンから放たれる、最高出力の1ワットレーザー。
 人を殺すほどの威力は無いが、その熱量は人にやけどを負わせる。
 目に当たると失明させるため、顔は避けてる。
 だがそれ以外を撃たれたカーリタースは、体をできるだけ小さく丸めながらベッドの下に逃れようとする。
 右腕の固定が緩んで、鉄パイプが落ちた。
 そのパイプを無茶苦茶に振り回す。 

 そんなカーリタースに、あせって近づこうとする医師がいた。
「おい! 近づくんじゃない! 」
 オレンジの男、松瀬 信吾が医師を止めた。
 そしていったん外へ戻ると、応援を呼んだ。
「捕虜が暴れている! そこの分隊! 来い! 」
 ヘルメットをかぶりなおすと、カーリタースに飛び掛かった。
「ぎゃあ! 」
 たちまち、カーリタースはパワードスーツと信吾の体重に押しつぶされた。
「私は、この国の最高の科学者です! あなた達を、もっともっと儲けさせることができます! 」
 カーリタースが命乞いをする。
 その時、シエロは低いモーター音を聞き、その方向を見た。
 青いマニキュア4Pが、その音を出していた。
 機械としか言いようのない、四角く角ばった両足が信じられない変形をする。
 その太ももや脛のスリットが滑り、足が伸びはじめた。
 たちまち170センチほどの身長が天井に届くまでに。
 その足で捕虜のベッドを一跨ぎにして、近づいてくる。
「ス、スキーマ……」
 過去を全く話さないという、メイトライ5の一人。
 これは他のメンバーの想像だが、元軍人で異能力者との戦いで体の大部分を失ったのは間違いない。
 それで生身の体に価値観を見いだせなくなり、全身を改造するようになったという。
 名前の由来は、スキーマ理論から。
 個人が保持している知識、思考や行動としての枠組み。この概念を用いて、人が外界の物事と接する場合のしくみを考察する。
 それと、体にスキマが開いていること。

 たちまちやって来たスキーマは、信吾に拘束されたカーリタースの顔を覗き込んだ。
 上半身は女性らしい姿を保っている。 
 だが、むき出しの左腕は機械化されていて、上下2本に分かれている。
 装甲に覆われているとはいえ、人間そのものに見える右腕さえ、遺伝子改造によるバイオ兵器だ。
 その強化された両腕で無力なカーリタースの腕を引きずり出し、腰のポーチに入った手錠をかけた。
「やめて! やめて! まだ、死にたくないですぅ! 」
 身勝手な科学者の言い分は、誰にも届くことはない。
「わたしは味方なのに! ひどい! ひどいぃ!! 」
 散々暴れたあげく信吾たちに立たせてもらった時、その顔には鼻血が流れていた。

 この様子を、シエロはベッドの上にへたり込み、呆然と見ていた。
 患者でもある捕虜たちには医官の拳銃や、騒ぎを聞きつけ飛び込んできた自衛官の持つ89式小銃がにらみを利かせている。
「この件に関して、我々チェ連軍は非常に遺憾と考えております―」
 シエロの口から出たのは、そんな形式じみた言葉。
 だがそれは、突きつけられた2丁のRG9Sによって断ち切られた。
 赤とシルバーのマニキュア4P。
(この二人は確か……)
 だが、2人を思い出す前に信吾の怒鳴り声が飛んだ。