素直になれない
Episode.5
翌月になると、ついには飯を作って一緒に食うことすら減っていった。「忙しくて…。すみません。」
進藤はそればかりだった。仕事上の都合なので仕方がないのはわかっているが、なんだか気分がすぐれなくてイライラしていた。
まぁ、ただの会社の先輩後輩だもんな…。別に毎日一緒にいられなくたって普通じゃないか。どうして俺はこんなにも寂しいと感じてしまうんだ。
「なんなんだよ…クソ…。」
いつから自分はこんなに欲張りになってしまったんだ。以前までは一人で平気だったじゃないか。
「進藤…今何してるんだよ...前みたいに飯作りに来いよ…なぁ…。」
「プルルルルル…」
その時、進藤から1本の電話が入った。
「もしもし?進藤か?」
「足立さん、すみません。今夜会えますか…?」
進藤は暗い声でそう言った。
「おう、もちろんだ!」
電話が切れると俺は部屋を少し掃除して進藤が来るのを待っていた。
15分ぐらい経ったとき、玄関のチャイムが鳴った。
「ピンポーン」
「はいはいっ。」
久々に進藤と話せると思うとうれしくて、すぐにドアを開けた。
するとそこにはとても辛そうな顔をした進藤が立っていた。
「すみま…せん…。突然…。」
「お、おう。お前から会いたいなんて珍しいな!」
どうしたんだこいつ…?
紛らすように、ふざけた調子で肩をポンと叩くと、
「あの…俺…俺…。」
「と、とりあえずあがれよ!」
「はい…。」
明らかに様子がおかしい進藤を見て俺は嫌な予感がしていた。
ソファに進藤を座らせ、お茶を入れた。
「ありがとうございます…。」
「どうしたんだよ!久々にゆっくり話せるってのに、なんか暗くないか?お前。」
「はい…あの俺…。実は来月から、新潟の方へ転勤になったんです…。部長が、俺が頑張ってるって褒めてくれて、それで俺にとってもいいチャンスだからって言われて…断れなくて…。」
俺は頭の中が真っ白になった。
「そ、そうなのか…!よかったじゃないか…!」
「足立さん…。」
「なんだよ。そんな暗い顔して!喜べよ!」
俺は自分の気持ちに嘘をつくしかなかった。進藤のためになる。よかった。これでいいんだ。
「足立さん…?泣いて…。」
え、嘘俺…。
「は、馬鹿...嬉しくてだよ…!よかったよ…ホントによかっ…」
ギュ…
その瞬間、進藤の大きな腕が俺をゆっくりと包み込んだ。
「何…強がってるんですか…。」
「は…」
今どういう状況なのか、頭がとにかく混乱した。
けれど進藤の優しさが彼の体温から痛いほど伝わってきて、自然と涙は増すばかりだった。
「俺、足立さんが好きです。俺の作った飯食って、すげぇ嬉しそうな顔してうまいって言ってくれて、でもなかなか素直になってくれなくて。そんな足立さんが可愛くてしかたないんです。」
「ばっ…お前…正気か?俺は男だぞ?」
「わかってます。でももうあなたのことしか考えられない。俺、うぬぼれてますか。俺の事を求めて、会いたいって言ってくれるんじゃないかなあなんて一人で妄想したりして…笑っちゃいますよね。」
「お前…。」
「こんなことして嫌われるかもしれないってわかってるのに、もう我慢できませんでした。このまま、気持ちを伝えずに離れ離れになるなんてごめんだって思ったんです。すみません。迷惑でしたよね…。」
チュッ…
俺はたまらなくなって、衝動的にキスをした。
「……足立さん!?今キスし…」
「俺さ、怖かったんだ。最近夜会えない日が続いて、自分がどんどん駄目になっていって。毎晩お前の事が頭から離れなくて、だけど好きだって認めてしまったらお前に迷惑がかかるかもしれない、周りから何ていわれるかわからない…だから素直になれなかったんだ。だけどお前から離れるのだけは本当につらくて…。」
ギュゥ…
進藤の腕がさらに強く俺の肩に押し付けられる。
「足立さん…いや、螢さん…また俺の飯食ってくれますか?」
進藤は大粒の涙を流しながら、ぐちゃぐちゃの笑顔を見せた。
「当たり前だろ…あ、綾人…。」
「っ…離れても、俺の事…忘れないでいてくれますか?」
「当たり前…っだろ…。」
「よかった…。」
その晩、綾人は俺の家に泊まった。
寝るときに隣に誰かがいるなんて、いつぶりだろうか。
この幸せがずっと続けばいいのに…今はただそう願っていた。