素直になれない
Episode.1
駅の中で朝食を軽く済ませ、会社に向かった。会社に着くと同僚の浅河健(あさかわたける)の姿が見えた。「お、浅河じゃないか。今日は早いんだな。」
浅河はいつも出勤時間ぎりぎりに出社してくるので、俺より先に会社にいることはめずらしかった。
「おお、足立。そうなんだよ、ちょっとね。」
何だか意味深な返答とともに浅河は嬉しそうに笑い、「じゃ。」と言って俺の前を立ち去った。そんな浅河の対応に少し疑問は持ったが昼休みになるころにはもう忘れてしまっていた。
「足立―、足立はいるか?」
「はい、なんでしょうか。部長。」
「今夜少し時間はあるか?」
「はい、大丈夫ですが…何か?」
「そうか、じゃあ仕事が終わったら私のデスクまで来てくれ。話がある。」
「わかりました。」
なんだろう。俺がなにかしてしまったのだろうかと不安を抱えながら、仕事を終え、部長のもとへと向かった。
「おお、来た来た。足立、早速話の方をさせてもらうが、明日から新入社員が出社してくる。そこでお前にそいつの教育係を任せたいのだが…。」
「僕が...ですか?」
「ああそうだ。足立は最近よく頑張っているし、勤めている期間も長い。だからとても信頼できる。もちろん、引き受けてくれるよな?」
「あ、はい!是非!精一杯頑張らせていただきます!」
部長はとても固い人で、感情をあまり表に出さないためいつも何を考えているのかわからなかった。そのため、自分をこんなに信用してくれていたとは全く気付かず今回の件は驚きもあったがかなり嬉しかった。
翌朝、俺はいつもより少し早めに家を出た。会社に着くと、オフィスでは部長が誰かと話していた。
「部長、おはようございます。」
「おお、足立か。丁度良かった。紹介するよ、こちらが今日から君の教育係に就いてもらう足立螢くんだ。わからないことがあったら、彼に聞きなさい。」
「どうも。進藤といいます…よろしくお願いします…。」
ずっと下を向いて話してる。不愛想な奴だなぁ。
「足立です。こちらこそ、よろしく。」
明るいやつだといいなぁと思っていたが、これは相当苦労しそうだ…。
挨拶の仕方からちゃんと叩き込んでやらないとな。
午前中は会社内の案内や、仕事内容を教え、午後には実際に客を相手にする様子を見せた。だが進藤は、何を言っても「はい…。」と暗い返事を返すだけだった。