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かなりえずき
かなりえずき
novelistID. 56608
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筆記中毒の透明人間さん

INDEX|1ページ/1ページ|

 
"肉屋さんの看板が見える。
コロッケの香りがする。おいしそうだ。
その先にはコンビニがある。のぼりが出ている。
もう恵方巻の予約が行われているらしい。"

どんっ。

「あっ、すみません」

「いってぇな! てめぇ、透明人間なんだから気を付けろ!!」

"また人にぶつかってしまった。
筆記中毒というのはとても難儀な病気だ。
常になにか書いていないと落ち着かないから――

「なに書いてんだコラァ!!」

ボコボコにされた僕はそのまま病院に担ぎ込まれた。
謝るよりも先に手帳にペンを走らせれば
さも悪口を書いているように見えたのだろう。

「透明人間だったから、急所は外れていますが
 今度からは気を付けてくださいね」

「はい……」

"医者は困った顔をしている
でも、僕だってわざとじゃない。
筆記中毒なんて病気じゃなければ
今頃、透明人間ライフを楽しめたのに"

「先生、この筆記中毒の病気は治りませんか?
 せめて透明人間でも治れば……!」

「無理でしょうな。
 あなたの筆記中毒は深刻で薬の治療もできません。
 それに、下手に筆記を自重すれば体にどんな影響があるか……」

「でも、この病気のせいでどの会社にも雇ってもらえないんです!」

仕事中でもトイレでも食事でも会議中でも、筆記は止まらない。
メモを取っているわけでもないので、印象は悪い。

まして、面接中にペンを走らせていれば
受かるはずもないことはわかっている。

「そんなに書くのが止まらないのであれば
 いっそ小説家にでもなればいい」

「そっか! 先生! ありがとうございます!」

"どうしてそのことに気付けなかったのか。
筆記中毒を活かせば毎日原稿料には事欠かない。
ネタギレも何も書くのが止まらないのだから。"


家に帰って原稿用紙とペンをセット。
すると、ほぼ反射的に体が筆記を求めてペンを動かした。

「おおおお! この調子でいくぞ!」

1ページ書き終わったところで読み直すと、
顔が自然と渋い顔になった。

「なんだこれ……自分の日記帳じゃないか」

常に筆記していないと落ち着かない。
心の安定を求めて書いた文章にストーリー性などはない。

魅力的なキャラもあっと驚く展開を考える余裕なく
すぐに体は筆記を求めて動いてしまうのだ。

「ダメだダメだ! 小説家なんて無理だ!」

"この社会は枠にはまれない人間には厳しい。
僕ようなひと癖持ちの人間は死ぬか、
一生日陰の生活をしていくしかないのだろう。

 まして、透明人間だから気を留める人もいやしない……"





※ ※ ※

「素晴らしい! 君は検挙率ナンバーワンだ!」

その日、警察署では授賞式が行われた。

「君が来てからというもの、
 犯人を取り逃がすことがなくなったよ。
 君の上げてくる調査状が詳細なおかげだ!」

「ありがとうございます。これからも頑張って……」


『事件発生。○○町2丁目に出動してください』


「すみません、行ってきます」

敏腕刑事は現場に急行した。
そこにはすでに新人刑事が張り込んでいた。

「お疲れ。あとは俺がやるから君は戻っていい」

「え? いいんですか?」

「俺は一人の方がいいからな」

新人刑事を帰らせると、
透明人間の敏腕刑事はまたいつもの手帳を開く。

そして、筆記中毒に逆らうことなく
見たままの風景を淡々と細かく書き記していった。


"1月15日犯人に動きなし。
 車のナンバーは○○○で、バンパーに傷がある。
 犯人の家は右から3番目で人の出入りは――……"


最強の張り込み刑事は今日も捜査情報を書いていく。




この透明刑事の伝説は、透明人間が治り
路上でメモを取っている全裸の変態が捕まるまで続いたという。