アルラ過去小説おまけ
「…もう、話す事はありません。用がなくなったなら、さっさと帰ってください。」
落ち着いた口調ではあるものの、刺すような視線を向けられた紫苑は苦笑して肩をすくめた。
昼過ぎ頃だっただろうか。家の外から、こちらへ近付く気配を感じた。3日前に馬鹿な子供を食べたばかりでさして腹は減っていなかったけれど、みすみす逃す手はないと思って息を潜めた。
しかしその気配が近寄るごとに、段々と感じる違和感。訪ねて来た男は、案の定人間ではなかった。
「あんたが人喰いって呼ばれてるんだろ。…よければ話しを聞かせてくれ」
なんにもよくない。
と、叫びそうになった。
優しい笑みで語りかけてきて紫苑と名乗ったその男は、世間では好青年と称される存在なのだろう。しかしやはり、人間ではない。見た目は人間と何一つ変わらないが、どことなく違うのだ。
「……人間じゃないですよね。”何”ですか?」
今すぐに放り出したい気持ちを抑え、極力平静を装って尋ねる。
紫苑はアルラの言葉に一瞬目を見開いたが、すぐにまた柔らかい笑みに戻って頭を緩く振った。
「俺の事はどうでもいいだろ?」
どうやら話す気はないらしい。アルラは本気で自分の両手と相談してみた。こいつもう本当に放り出してしまおうかいや無駄に体力を使って後々腹が減るのはごめんだ…云々。相談の結果、出来るだけ体力を使わず追い出そうと決まったのだが、相手は目的を果すまで帰ってはくれなそうだ。つまり裏を返せばさっさと話しとやらを聞かせてやれば帰ってくれるという事。
「………座って下さい」
絞り出すような苦々しい口調で小さな机の隣の椅子を指差すと紫苑は大人しくそこに座った。アルラは窓際の揺り椅子に腰掛けて足を組む。
「何を話せと?」
「あんたが”そう”なった経緯について。」
「…そんなもの聞いてどうするつもりですか」
「今後の参考にと思って」
「私がそれを話す事で、私は何か得をしますか?」
「するよ。話しさえ聞ければ俺はさっさと帰る」
ピキ、とアルラの額に青筋が浮いた。見透かされているようでイライラする。
「…分かりました。話せばいいんですね話せば。
私は、ごくごく普通の、どこにでもあるような、平凡な一般家庭に生まれました。……」
冒頭に戻る。
さぁ帰れと言わんばかりの(実際に言われたが)視線、いつから持っていたのか右手には包丁のアルラ。紫苑だって話しを聞いてすぐ帰るつもりだったのだが、如何せん話しの中に引っ掛かる事が多すぎる。
「…悪いが、いくつか質問に答えてくれないか」
「話し聞いたらさっさと帰るって言いませんでした?」
「だから謝っただろ」
「…仕方ないですね。何ですか」
不満そうな顔でアルラは続きを促す。紫苑は一呼吸置いて、真剣にアルラを見据えた。
「反省とか後悔は、してないのか?」
アルラは怪訝そうに眉を寄せた。紫苑は構わず続ける。
「”―500年の後、貴様が己の今までの愚行を悔いていたのならば、貴様を救う者が現れる。その時まで、これまで貴様が無意味に奪った命へ深く祈りを捧げるがいい。”…あんたの言った黒い男のセリフだ。これはつまり、あんたがちゃんと人喰った事反省して後悔して、今まで喰った人にごめんなさいって思ってりゃ、あんたは500年後に救われてたって意味だ。……ちなみに”こう”なってから何年経ってる?」
「5、600年、って所でしょうか。人を食した事に後悔なんかしてませんし、謝罪の念も全くありません」
「なんでだ?」
「……貴方たち人間だって、生きる為に動物を殺して食べるじゃないですか。私だってそうですよ。生きる為に殺しただけ。無意味に殺した事はない。これでなんの負い目がありますか?」
「……………」
「私は自分が食べる分しか殺した事は無いですし、殺した人はきちんと余す所なく頂きました。人間は平気で好き嫌いするし、平気で食べ物を捨てますよね。私からすれば罰せられるべきはそっちです。それから、人間はいちいち動物を喰らう度に深く祈りを捧げたりしてますか?一部の人はしてるかもしれませんが、大多数はそんな事しませんよね。あの黒い男の言った事はかなりお門違いなんですよ」
「………………………」
沈黙。
アルラはもう喋りたくないというだけだが、紫苑はなにかを思案している沈黙だ。そしてやがて紫苑が口を開いた。
「あんたの言う通り、確かに人間は好き勝手してる。でもな。
その男が言ったのは”食人”に対してじゃなく、”殺人”に対して反省しろって事じゃないのか。」
「…………」
「そりゃあんたは生きる為に必要な事をしただけなのかもしれないけど、殺人はどんな理由があれ赦される事じゃない。重い罪だ。黒い男の思惑がどうかは知らないが、少なくとも殺人に対して反省してもいいんじゃいかと俺は思った。」
「………………………っ」
息を詰めてあからさまに視線を逸らしたアルラに、紫苑はやはりな、と内心頷いた。
幼い頃の悲惨な体験、それから繋がった食人行為。恐らく故郷を失くしてからの人との繋がりなんて、それこそロクなもんじゃなかったろう。しかし幼年期に両親からしっかり愛されていたから、"優しさ"をちゃんとわかっている。自責の念だってきちんとある。きっと今まで、「仕方ない」と無意識の内に自分を正当化していたのだろう。そうしなければ後悔で狂ってしまうから。
「……貴方の言った事は、理解出来ました…」
絞り出すようにアルラが言った。声音は震えていた。
「なら、いい。もう一つ、質問いいか?」
「…どうぞ」
紫苑は鞄の中から世界地図を取り出してテーブルに広げた。
「あんた、黒い男に飛ばされたと言ったよな。飛ばされる直前まではどこにいた?」
アルラはテーブルに近付いて地図を眺め、記憶を反芻した。
「ここ、だと思います」
やがてアルラが指したのは今の世界の中心となっている都市の外れ。5、600年前のそこは、紫苑の記憶では小さな集落だった。
「俺らが今いるのは、この辺りだ」
紫苑は地図の右端の大陸を指差す。内陸側の大きな森の中だった。
「随分遠くまで飛ばされたんですねぇ…」
もはや他人事のように、感心したようにアルラが言った。紫苑は眉根を寄せて地図を睨んでいた。
「…あの時代、ここまで長距離の転移魔法を使える術師なんていなかった……今だって数える程しかいねぇのに。誰だ?…こんなことして、一体何になる?……ッ…冗談じゃねぇ…!」
苦々しい口調で呟く紫苑に、アルラは片眉を上げた。
「黒い男について、心当たりでもあるんですか?」
「いや、ない。」
きっぱりとした返答だった。アルラは肩を竦めて再び揺り椅子に腰掛けた。呟きの内容に興味がないわけではないが、ここから出られない自分には関係ない事だ。
「他に質問は?」
「…もうないよ。邪魔したな」
「……あの。」
紫苑が地図を片付けて玄関に歩き出したので、アルラは咄嗟に待ったをかけた。まだ聞いてない事があったからだ。
「貴方、本当に何者なんですか。」
紫苑はきょとんとした顔をして、それから苦笑した。
「…鬼神だよ」
「キジン?」
「そう、鬼の神と書いて鬼神。地獄の獄卒やってる。」
「………は?」
「現世に人喰いが住んでるって聞いて、正体を確かめに来た。これで満足か?」
「………………」
落ち着いた口調ではあるものの、刺すような視線を向けられた紫苑は苦笑して肩をすくめた。
昼過ぎ頃だっただろうか。家の外から、こちらへ近付く気配を感じた。3日前に馬鹿な子供を食べたばかりでさして腹は減っていなかったけれど、みすみす逃す手はないと思って息を潜めた。
しかしその気配が近寄るごとに、段々と感じる違和感。訪ねて来た男は、案の定人間ではなかった。
「あんたが人喰いって呼ばれてるんだろ。…よければ話しを聞かせてくれ」
なんにもよくない。
と、叫びそうになった。
優しい笑みで語りかけてきて紫苑と名乗ったその男は、世間では好青年と称される存在なのだろう。しかしやはり、人間ではない。見た目は人間と何一つ変わらないが、どことなく違うのだ。
「……人間じゃないですよね。”何”ですか?」
今すぐに放り出したい気持ちを抑え、極力平静を装って尋ねる。
紫苑はアルラの言葉に一瞬目を見開いたが、すぐにまた柔らかい笑みに戻って頭を緩く振った。
「俺の事はどうでもいいだろ?」
どうやら話す気はないらしい。アルラは本気で自分の両手と相談してみた。こいつもう本当に放り出してしまおうかいや無駄に体力を使って後々腹が減るのはごめんだ…云々。相談の結果、出来るだけ体力を使わず追い出そうと決まったのだが、相手は目的を果すまで帰ってはくれなそうだ。つまり裏を返せばさっさと話しとやらを聞かせてやれば帰ってくれるという事。
「………座って下さい」
絞り出すような苦々しい口調で小さな机の隣の椅子を指差すと紫苑は大人しくそこに座った。アルラは窓際の揺り椅子に腰掛けて足を組む。
「何を話せと?」
「あんたが”そう”なった経緯について。」
「…そんなもの聞いてどうするつもりですか」
「今後の参考にと思って」
「私がそれを話す事で、私は何か得をしますか?」
「するよ。話しさえ聞ければ俺はさっさと帰る」
ピキ、とアルラの額に青筋が浮いた。見透かされているようでイライラする。
「…分かりました。話せばいいんですね話せば。
私は、ごくごく普通の、どこにでもあるような、平凡な一般家庭に生まれました。……」
冒頭に戻る。
さぁ帰れと言わんばかりの(実際に言われたが)視線、いつから持っていたのか右手には包丁のアルラ。紫苑だって話しを聞いてすぐ帰るつもりだったのだが、如何せん話しの中に引っ掛かる事が多すぎる。
「…悪いが、いくつか質問に答えてくれないか」
「話し聞いたらさっさと帰るって言いませんでした?」
「だから謝っただろ」
「…仕方ないですね。何ですか」
不満そうな顔でアルラは続きを促す。紫苑は一呼吸置いて、真剣にアルラを見据えた。
「反省とか後悔は、してないのか?」
アルラは怪訝そうに眉を寄せた。紫苑は構わず続ける。
「”―500年の後、貴様が己の今までの愚行を悔いていたのならば、貴様を救う者が現れる。その時まで、これまで貴様が無意味に奪った命へ深く祈りを捧げるがいい。”…あんたの言った黒い男のセリフだ。これはつまり、あんたがちゃんと人喰った事反省して後悔して、今まで喰った人にごめんなさいって思ってりゃ、あんたは500年後に救われてたって意味だ。……ちなみに”こう”なってから何年経ってる?」
「5、600年、って所でしょうか。人を食した事に後悔なんかしてませんし、謝罪の念も全くありません」
「なんでだ?」
「……貴方たち人間だって、生きる為に動物を殺して食べるじゃないですか。私だってそうですよ。生きる為に殺しただけ。無意味に殺した事はない。これでなんの負い目がありますか?」
「……………」
「私は自分が食べる分しか殺した事は無いですし、殺した人はきちんと余す所なく頂きました。人間は平気で好き嫌いするし、平気で食べ物を捨てますよね。私からすれば罰せられるべきはそっちです。それから、人間はいちいち動物を喰らう度に深く祈りを捧げたりしてますか?一部の人はしてるかもしれませんが、大多数はそんな事しませんよね。あの黒い男の言った事はかなりお門違いなんですよ」
「………………………」
沈黙。
アルラはもう喋りたくないというだけだが、紫苑はなにかを思案している沈黙だ。そしてやがて紫苑が口を開いた。
「あんたの言う通り、確かに人間は好き勝手してる。でもな。
その男が言ったのは”食人”に対してじゃなく、”殺人”に対して反省しろって事じゃないのか。」
「…………」
「そりゃあんたは生きる為に必要な事をしただけなのかもしれないけど、殺人はどんな理由があれ赦される事じゃない。重い罪だ。黒い男の思惑がどうかは知らないが、少なくとも殺人に対して反省してもいいんじゃいかと俺は思った。」
「………………………っ」
息を詰めてあからさまに視線を逸らしたアルラに、紫苑はやはりな、と内心頷いた。
幼い頃の悲惨な体験、それから繋がった食人行為。恐らく故郷を失くしてからの人との繋がりなんて、それこそロクなもんじゃなかったろう。しかし幼年期に両親からしっかり愛されていたから、"優しさ"をちゃんとわかっている。自責の念だってきちんとある。きっと今まで、「仕方ない」と無意識の内に自分を正当化していたのだろう。そうしなければ後悔で狂ってしまうから。
「……貴方の言った事は、理解出来ました…」
絞り出すようにアルラが言った。声音は震えていた。
「なら、いい。もう一つ、質問いいか?」
「…どうぞ」
紫苑は鞄の中から世界地図を取り出してテーブルに広げた。
「あんた、黒い男に飛ばされたと言ったよな。飛ばされる直前まではどこにいた?」
アルラはテーブルに近付いて地図を眺め、記憶を反芻した。
「ここ、だと思います」
やがてアルラが指したのは今の世界の中心となっている都市の外れ。5、600年前のそこは、紫苑の記憶では小さな集落だった。
「俺らが今いるのは、この辺りだ」
紫苑は地図の右端の大陸を指差す。内陸側の大きな森の中だった。
「随分遠くまで飛ばされたんですねぇ…」
もはや他人事のように、感心したようにアルラが言った。紫苑は眉根を寄せて地図を睨んでいた。
「…あの時代、ここまで長距離の転移魔法を使える術師なんていなかった……今だって数える程しかいねぇのに。誰だ?…こんなことして、一体何になる?……ッ…冗談じゃねぇ…!」
苦々しい口調で呟く紫苑に、アルラは片眉を上げた。
「黒い男について、心当たりでもあるんですか?」
「いや、ない。」
きっぱりとした返答だった。アルラは肩を竦めて再び揺り椅子に腰掛けた。呟きの内容に興味がないわけではないが、ここから出られない自分には関係ない事だ。
「他に質問は?」
「…もうないよ。邪魔したな」
「……あの。」
紫苑が地図を片付けて玄関に歩き出したので、アルラは咄嗟に待ったをかけた。まだ聞いてない事があったからだ。
「貴方、本当に何者なんですか。」
紫苑はきょとんとした顔をして、それから苦笑した。
「…鬼神だよ」
「キジン?」
「そう、鬼の神と書いて鬼神。地獄の獄卒やってる。」
「………は?」
「現世に人喰いが住んでるって聞いて、正体を確かめに来た。これで満足か?」
「………………」
作品名:アルラ過去小説おまけ 作家名:如月桜華