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赤澄さんちの早朝風景

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「・・・・・・おや、尋様いかがなさいましたか?」
 暖簾の掛かった入り口をくぐり、執事の傍らに立ったところでようやく、彼は尋に気付いて声をかける。というのもこの尋、とても影が薄く、慣れていない相手では、傍らに来ても気付かれないのである。そのため、学校やクラスが変わるたび、生徒どころか担任にまで見逃されることが常で、そのたびに色々と騒動が持ち上がっていた。
 もっとも、肉親である司が、本人の注意力の高さもあいまって、尋を見つけられるため、彼女が姉と同じ学校に通うようになると、一連の騒ぎはすぐに収まるのである。
 ただし司と尋は年が二歳差であるため、中、高とも一年間しかフォローができないのだが。
 中高一貫校に通い、付属が小学校から大学まであるところに通ってはいるものの、やはり中学、高校と別れてしまうと影響は及ぼしにくいのである。
 今年、高三になった尋は、ようやく司の補助を得られるようになったわけだが、昨年、一昨年と今年で、妹に対する態度が変わった様子はない。司の行動に礼を言いこそすれ、いってみればそれだけだ。
 声をかけてきた執事に、んー、と生返事をして、尋は冷蔵庫を覗き込む。そこからいくつかタッパ―を取り出すと、布と弁当箱も用意し出す。
「・・・・・・お弁当で?」
「うん。今日はワカメデーだから司は学食休み。ついでだから俺の分も作った。あいつ、ちょっと手間のかかる料理は壊滅的だからな」
「・・・・・・左様で」
 執事は笑いをこらえるような表情で口を引き結んでいる。司は大抵のことはそつなくこなすことができるが、料理となるとこだわりが強すぎで失敗してしまう体質なのである。嫌いなものであるワカメをはじめとした海藻類は、親の敵もかくや、という拒絶反応を見せる。一方、それ以外の料理には我が子のように手をかけ、完璧に仕上げようとするのだ。それこそ、出汁の鰹節を、生の魚を手に入れるところから始めようとする勢いで。
 そのこだわりは、日常生活には全くなじまない。ゆえに尋は妹の料理の腕前を「壊滅的」と呼ぶのだ。今朝の朝食は司が用意したが、それはできているものを温め直して盛りつけたくらいなので、平穏に済んでいるのである。
 尋は既に制服に着替え、髪も整っていた。てきぱきとおかずを温め直して、手早く一品作り、ご飯も敷き詰める。
「俺が作ったって言うなよ。あいつうるせーから」
 声をひそめて尋は言った。執事は苦笑いを浮かべながら頷く。
「司様は負けず嫌いですからな。お伝えすれば対抗して、自分も作ると言い出しかねない」
「困るよな、ホント」
「そうでございますね。それと、差し出がましいようですが尋様。お言葉が・・・・・・」
「おっと」
 ぱたり、と片手で口を塞いで、尋は少し笑う。
「悪い、無意識だった。まだ寝ぼけてんのかね。ありがとな、司に聞かれたら、またどやされるとこだった」
「また? ひょっとして、学校で言ってしまったことがあるのですか?」
「いや、さすがにそれはない。こう見えてもあたし(・・・)は、赤澄家の長女だからな」
「それはよろしゅうございました」
 執事がにっこりと笑った。
 尋は、幼い頃身につけてしまった男言葉が今だに抜けず、時折自分を俺、と言ってしまう。外聞にこだわる司にはそれが我慢ならないらしく、両親が亡くなったことをきっかけに徹底的に矯正されたのだった。
 おかげで日常での尋の一人称は直ったのだが、完全に、というわけではないのである。
 雑談交じりに弁当の仕度を終えた尋は、それまで使っていた司と入れ替わりに洗面所へ向かう。尋が歯を磨いている間、司は今で一日の予定を確認しているようだった。
 執事も日中の仕事の準備などをし、時間が来ると姉妹に声をかける。
「お譲様方、お出かけの時間ですぞ」
 包んだ弁当箱を、さも自分が用意したかのように手渡した。二人を見送りに出るのも、いつものことである。
「じゃあ、行ってくる。家のことはよろしく頼んだよ」
「行ーってーきまーす」
 司ははきはきと、尋は間延びしながら出かけのあいさつをする。執事は姉妹それぞれに笑みを向け、頭を下げた。
「行ってらっしゃいませ」
 これが、赤澄家の朝の日常風景である。





作品名:赤澄さんちの早朝風景 作家名:わさび