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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅴ

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 するとその時、どす、という鈍い音がした。
「――ってリゼ!? 何してるんですの!?」
 耳慣れない音に振り返ったティリーは、そこで起こっていたことを見て驚きの声を上げた。何があったって、リゼがいつの間にか縄を解かれた熊の腹にナイフを突き立てている。どこにそんなものを持っていたのか、大きくて強そうなナイフだ。リゼはナイフを突き立てたまま、怪訝そうな顔で言った。
「何って、解体しなきゃ食べられないでしょう」
 リゼはそのまま、鮮やかな手つきで表皮に切れ目を入れていく。黒い毛皮に赤い線が奔り、周りの体毛を濡らしていった。リゼは皮と肉の境目にナイフを入れ、毛皮を切り離していく。
「熊を食べる気ならその辺から香草でも探してきて。こいつは臭み消ししないと食えたもんじゃないわよ」
 そう言いつつ、リゼは大ぶりのナイフを器用に操って黙々と熊の毛皮を剥いでいった。熊は見る間に腹部が丸裸になり、赤い肉が剥き出しになる。リゼはナイフを逆手に持つと、手が血で汚れるのも構わず骨と肉を切り離し始めた。
「す、すげえ! おまえそんなことが出来るのか!」
 ゼノは子供の様に目を輝かせ、興味津々といった様子でリゼの様子を見ている。だがその熱烈な視線とは裏腹に、リゼの態度はクールなものだ。
「私の育った村じゃこれぐらい子供でも出来るわ」
 リゼは喋りながらも手際よくナイフを動かし、あっという間に肉の塊を切り出した。こうなってしまえば、もうどこの肉屋にもあるただの精肉である。その大きな塊をリゼはすっとゼノに差し出した。
「これだけあれば十分でしょう。じゃ、後はよろしく」
「お、おう。まかせ――ってちょっと待って。熊肉ってどう料理したら美味いんだ!?」
 反射的に肉を受け取ったゼノは、大きな塊を前に戸惑いながら問いかけた。しかし、リゼの返答はあっさりしたものだ。
「ほかの肉と同じように料理すればいいじゃない」
「そんなこと言われても……」
 困惑するゼノだったが、肉を目の前に心を決めたらしい。「ま、なんとかしてみるぜ」と真剣な表情で肉を簡易のまな板に置いた。
「絶対美味しく料理してやるからな……覚悟しろよ……!」
 そう言って、ゼノは庖丁を振り下ろした。



「美味しいですわ……!」
 小一時間後、出来上がった料理を食べたティリーは感動のあまりそう言った。美味い。とても美味い。昨日一昨日と食事は非常食で済ませていたこともあって、さらに肉を美味しく感じる。ティリーは下品に見えない最大の速さでフォークを動かすと、あっという間に肉を半分平らげた。
「にしても本当に意外ですわね。料理が得意だなんて」
 初めて作ったという熊肉のステーキは臭みもなく、端的に言えば大変美味だった。焼け具合は完璧。肉と集めた香草、そして少量の調味料しかないのに驚きの出来栄えだ。美味い。
「へっへーん。もっと褒めてくれてもいいんだぜ?」
 ティリーの褒め言葉に、ゼノは得意げに胸を張った。どこにそんなものがあったのか、きっちり着込んだ割烹着がやけに似合っている。なんでも、料理は母親が節操なく引き取ってきた大勢の義弟妹(きょうだい)の面倒を見るうちに、自然と身についたらしい。本人曰く、野菜を花や動物の形に切るのもお手の物だという。
「菓子作りも上手いからな。驚くことに。全く俺ですらいまだ信じられん。どう見ても得意そうには思えんのだがな。何か間違ってるんじゃないか」
 食事をしながら、キーネスはしみじみとそう言う。悪友のあまりの言い草に、ゼノはむっとして反論した。
「うるせ。料理下手なおまえには言われたくない」
「あらキーネス。貴方、料理下手なんですの?」
 上手まではいかなくとも、最低限食べられるものは作れると思ったのに意外だ。たいていのことは器用にこなしそうなのだが。
「そう! こいつの料理は酷いぜ!? 単純に下手なだけなら教えようがあるのに、こいつの場合そんなもんじゃねえからな」
 ティリーの疑問にゼノは我が意を得たりとばかりに言う。そんなもんじゃないとはどういうものなんだろう。気になる。好奇心を刺激されたティリーは若干の期待を込めてキーネスを見たが、彼は怪訝そうな顔をして視線を逸らした。
「飯なんぞ食えればいいだろう。お前達のように味の追求をする気にはなれん」
「あーあ。味音痴はこれだから。おまえがそんなんだからオレもオリヴィアも作り甲斐なくて困ってるんだぜ?」
「味の批評なら二人でやれ。俺は興味ない」
 そう言って、黙々と食事を続けるキーネス。特に美味しそうでも不味そうでもないので、味に興味がないというのは本当らしい。栄養補給さえできればいいというのはある意味キーネスらしいかもしれない。
「カティナさんは料理上手なのになぁ」
 悪友のつれない返事に、ゼノは不思議そうに呟く。シリル追跡中の食事はローグレイ商会にお世話になったが、確かにあの料理は美味しかった。親代わりの姉が料理上手でも、その弟が食に興味を持つとは限らないらしい。
「――確かに料理上手ではあるな」
 何故か表情を曇らせて、キーネスは呟く。さすがに頭が上がらないという姉には申し訳ないと思っているのだろうか。遠い目で何かを考え込んでいた。
「そうだ。アルベルトはどうなんだ?」
 ゼノに話を振られて、静かに食事をしていたアルベルトは手を止めた。
「簡単なものなら出来るけど、それ以外はそれほど。教会にいた頃はあまり作る機会がなかったから」
「あら、美味しかったですわよ?」
 謙遜するアルベルトに、ティリーは賛辞の言葉を贈る。あまり褒め言葉っぽくないが、アルベルトの料理はまさしく教科書通りの味だった。几帳面な彼らしい。
「あとリゼは意外と料理出来ますわよね。大味ですけど」
 話の流れに乗って、ティリーはリゼにも話を振った。細かい工程がめんどくさいのか作り方はかなり大雑把だが、その割に意外と美味しい。それがリゼの料理だ。もっと下手かと思っていたが、そうでもなくてつまらな――もとい、安心した。リゼにはお前が言うなと言われそうだけれども。
 しかし、想定していた反応は何一つ返ってこなかった。
「リゼ?」
 不思議に思ってもう一度名前を呼んだが、リゼは反応しない。皿にフォークを突っ込んだままぼうっと肉を見ている。いや、放心しているらしかった。
「リ・ゼ!」
 語気を強めると、リゼはようやく顔を上げた。たった今起きたばかりのような、呆けた顔をしている。リゼは視線をさ迷わせると、怪訝そうに眉を寄せた。
「……なに? 何の話?」
 どうやら本当に寝起きらしい。全然話を聞いていなかった様子で、リゼはそう問い掛ける。止まっている手元を見たゼノが、心配そうに言った。
「あんまり食ってねえみたいだけど、口に合わなかったか?」
「……別に。美味しいと思うけど」
 そう言って、リゼは肉を口に運ぶ。しかしどこか心ここにあらずといった様子で、咀嚼のスピードもゆっくりだ。どこか上の空のリゼに、アルベルトが心配そうに話し掛けた。
「リゼ、どこか具合でも――」
「ごちそうさま。シリルの様子を見てくる」