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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅴ

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「言ったでしょう? 魔力は全ての人間が持っていると。生まれは関係ないと。魔力とはそういうものよ。だって、意志も魂もない人間はいないんですもの」
 つまり、アルベルトの魔力量が少ないのは、悪魔祓い師だからではなく単なる個人差だということだ。その事実に、アルベルトは驚く。
「全ての人に魔力があるなら、使おうと思えば魔術を使えるということですか」
「そうよ。『魔術が使えない』というのは、効力が低すぎて使い物にならないという意味。ただ使うだけなら、誰にだって使えるわ」
 それならば。シェリーヌの言ったことを頭の中で反芻しながら、アルベルトは考える。それならば、実用に耐え得るかは別としても、悪魔祓い師が魔術を身に着けることだって出来るということではないか。
「なら魔力を――」
 そう言いかけてから、アルベルトは異変に気が付いた。
 虹色の光が強くなっている。部屋全体を照らすほどに。驚いて隣を見ると、眩いほどの光がそこにあった。その光の中にいるのは、リゼだ。
 リゼの手の中で、青い石が眩しく輝いている。それに呼応するかのように巻き起こったのは渦を巻くような風。羊皮紙や布切れが飛ぶほど強い風の中心にいるにも関わらず、リゼの髪と衣服はふわふわと浮いていた。
「な、何があったんですか!?」
 シリルとゼノも異変に気が付いたらしい。吹きすさぶ風の中で目を丸くしながら、机の陰に身を寄せている。二人の前を、悪魔除けの材料と思われる鳥の羽根が飛び去っていった。風はますます強くなっている。
「待って待って! 入れすぎよ! それ以上やったら暴走する!」
 シェリーヌは慌ててリゼを止めようとするが、湧き出でる魔力にひるんだのか、一歩足を踏み出したところでたたらを踏む。その隣で、アルベルトは舞い踊る魔力の流れを視た。確かに凄まじいほどの力が流れているが、風と共に流れる光はどれも穏やかで優しい。アルベルトが躊躇うことなく渦の中に入ると、案の定、風は服や髪を揺らすだけだった。
「リゼ。止めろ」
 彼女の肩を掴んで揺さぶると、渦を巻いていた魔力が不意に弱まった。風はやみ、飛び交っていた羊皮紙が落ちる。しばらくして、リゼはゆっくりと目を開けた。
「……ああ」
 輝く石を見つめ、リゼは目覚めたばかりのようにぼんやりと呟く。完全に我を忘れていたようだ。溢れかえっていた魔力は収束し、リゼの元へ戻っていく。リゼは深く息を吸うと、顔を上げた。
「加減を間違えた。でもこれでいいかしら」
 シェリーヌに悪魔除けを差し出しながら、リゼはそう言った。彼女の手の中で、魔力が限界まで込められた石が煌めいている。シェリーヌはそれを受け取り、光に透かすように眺めたりして仕上がりを確かめた。
「あ、ありがとう。素晴らしいわ。あとは少し調整すれば出来上がりね」
 そう言ってから、シェリーヌは散らかった工房内を呆然と見回す。足元には机から飛んだ羊皮紙が散らばっている。シェリーヌと同じように部屋の惨状を見回したリゼは、罰が悪そうに言った。
「……散らかして悪かったわ。片付けるからどうしたらいい?」
「ええ……そうなんだけど……これは……」
 シェリーヌはぼんやりと呟き、再び悪魔除けを眺める。石の表面をなでながら、何かぶつぶつと呟いている。やがてシェリーヌは顔を上げると、突然リゼの両肩に手を置いた。
「こんなに魔力を込められるなんて初めて見たわ! 間違えて質の低い霊晶石を使ってしまったのかと思ったくらい。この石と相性がいいのかもしれにないけど、単に魔力量が多いだけじゃない。あなた、魔力の操作もとんでもなく上手いのね」
「……どうも」
 リゼは引き気味にそう呟いて、シェリーヌから目を逸らす。シェリーヌはというと、本来の目的を思い出したらしく、今度はシリルの方を向いて青い石を手渡した。
「シリルちゃん。これで魔力込めが終わったから、これをあなた用に調整(チューニング)するわね。まずは悪魔除けをあなたに馴染ませるから、しばらく持っておいて」
「はい」
 シリルは青い石を大事そうに握りしめる。それを確認したシェリーヌは、がさがさと机の上のものを探り始めた。
「思ったよりその悪魔除けが強力に出来そうだから、残りの悪魔除けの組み合わせも考え直さないと。あれとそれと――」
「……他に魔力を込めて欲しい悪魔除けがあるならやるけど。シリル用でも、それ以外でも」
 突如告げられたリゼの申し出に、シェリーヌは驚いたようだった。彼女だけではない。アルベルトも驚いてリゼを見つめる。しかしリゼは相変わらずの仏頂面で、何を考えているのか判断するには材料が足らなさすぎる。アルベルトが考えあぐねていると、シェリーヌが真剣な表情でリゼに告げた。
「なら、頼みたいことがあるの」



 シェリーヌに連れられてアルベルトとリゼが向かったのは、工房の奥にある広間のような部屋だった。
 部屋の真ん中には不思議な形をしたオブジェが鎮座していた。加工されていない大小さまざまな木を組み合わせ、逆巻く波を表すかのような台座の上に、握りこぶし大の青い石が飾られている。オブジェのそこかしこには文字のようなものが刻まれていたが、アルベルトには読めなかった。
「これは?」
「メリエ・セラス全体に有効な悪魔除けよ」
 オブジェ――悪魔除けを愛おし気に触れながら、シェリーヌは上端の青い石を見つめる。丁寧に加工されたのであろう青い石は完璧な球体で、そのままでも内包された精霊の力で内側から光輝くようだった。
「これ一つで、本当にメリエ・セラス全体が護れるんですか?」
「ええ、可能よ」
 シェリーヌが青い石を指し示すと、石の前に魔法陣が浮かび上がった。陣の一部を指さし、シェリーヌは語る。
「オルセイン式増幅魔術式。最近、大型化に成功したの。これで理論上は悪魔除けの範囲が街全体まで広がるはず。ただ、これを起動させるためには膨大な魔力が必要になる。だから今まで数人がかりで魔力を込めてきたわ。でも起動しなかった」
 シェリーヌは険しい表情でオブジェを見つめ、きつく拳を握った。
「理論は間違っていない。魔力さえ込めれば起動するはず。材料が悪いのか魔力が足りないのか。あと一つ考えられるのは――」
「素材と魔力の相性。だから私に試してみて欲しいんでしょう?」
 そう言って、リゼは前に出る。
「式が間違ってないなら、起動しない原因は魔術式がうまく働かないこと。悪魔除けは、霊晶石に込められた魔力が魔術式に従って精霊素を集め、結界を具現化させる。もし魔力と霊晶石の相性が悪ければ、魔力は霊晶石に宿らず、すぐに抜け落ちてしまう。そうなれば、悪魔除けは起動せず止まる」
 リゼは悪魔除けの前に浮かび上がる魔法陣を指した。
「霊晶石と魔力の相性なんて普通は考えなくていいけど、こんな大規模な魔術式となると話は別。ちょっとしたことで魔術式は働かなくなる。だから、相性の悪い魔力をいくら注いでも、悪魔除けは起動しない。――そうでしょう」
 リゼがそう言うと、シェリーヌは首肯する。
「誰が込めても起動しないから、理論が間違ってるんじゃないかと言われたんだけどね……もしそうなら、これ以上の術式は組めないから諦めるしかなくなる。そうなる前にできることはしておきたいの」