Savior 第一部 救世主と魔女Ⅴ
いつもの如くリゼに拒絶されて、ティリーは何でですのー!と抗議の声を上げる。しかし、リゼは当然のようにそれを無視する。必要なのはアルベルトだけだ。グリフィスの方を見ると、王太子は特に反対するような素振りは見えなかった。これなら面倒はないだろう。そう思ってシェリーヌに詳細を聞こうとした時、別の方向から横やりが入った。
「魔力の供給なら貴殿だけで十分のはずです。そちらの外出は許可できません」
話がまとまりかけたところで口を挟んだのは、いつものグリフィス付きの兵士だった。またかとリゼは呆れつつ、剣呑な雰囲気の兵士を見る。悪魔祓いにアルベルトを連れていくと言ったときも、この兵士は反対してきた。聞くところによると、ゼノが退治屋同業者組合(ギルド)までアルベルトを連れていこうとした時も、強硬に反対したのだとか。よほどアルベルトに出歩いてほしくない――いいや、悪魔祓い師に自由にさせたくないのだろう。
「私とゼノだけじゃ護衛に不安があるわ。だから彼がいないと困るんだけど」
兵士を睨み返しつつ文句をつけてみたが、彼は堅苦しく答える。
「我が部隊が警備につきます。そもそもメリエ・セラスの中を移動するだけなのに、それほど護衛が必要ですか?」
「必要よ。兵士なんていても役に立たないってフロンダリアで証明されてる」
「そこの方については手抜かりがあったことは違いありませんが、そのおっしゃりよう、我々を侮辱するおつもりですか」
「私は事実を言っただけだけど?」
リゼは平然と兵士を煽るかのような口調で言った。嘘は言っていない。王太子の館なんて警護が整っていそうな場所でそうだったのだから。リゼは一歩も引かず、険しい表情の兵士を睨み返した。
「リアム・コードウェル一等兵。構いません」
不意に、グリフィスが割って入った。思わぬ援護射撃に、リゼは瞠目する。兵士――リアムは表情を変えると、主に向き直った。
「しかし殿下……」
「リゼ殿がおっしゃる通りにしなさい。私としても、フロンダリアでのことは不手際があったと考えています。彼女が懸念するのも最もでしょう」
王太子に諭されて、リアムは渋々と言った様子で引き下がる。グリフィスはそれを見やると、リゼに向かって言った。
「では、あなた方四人で工房に向かってください。あなたは不要と思われるかもしれませんが、護衛は付けさせて頂きます。よろしいですね?」
「――わかったわ」
首肯すると、グリフィスは部下に出発の準備をするように命じる。シェリーヌは準備をするからと、一足先に工房に戻っていった。
それから数時間後、リゼ達は用意された馬車で、メリエ・セラス悪魔除け工房へと向かったのだった。
「リゼ、どうして俺を連れて行こうと思ったんだ?」
馬車に揺られながら、アルベルトはそう彼女に問いかけた。
グリフィスの一声のおかげで、アルベルトはリゼ達と共にシェリーヌの工房へ向かっていた。リアムには盛大に睨まれたが、王太子が許可を出したためそれ以上の口出しはしなかったのだ。それについては王太子に感謝しているが……そもそもリゼがアルベルトを連れて行くと言ったのが始まりだ。そのことがアルベルトは引っかかっていた。
確かに、シリルは以前フロンダリアの王太子の館という、他よりもよほど警護が整っているはずの場所で誘拐されている。リリスは一度“返す”とは言ったが、悪魔教徒が二度と少女を狙わないという保証はない。そんな経緯がある以上、シリルの身を案じるのは当然のことだ。しかし現状として、メリエ・セラス内の悪魔除け細工師の工房に行くのに、護衛の不足の観点から何が何でもアルベルトを連れて行く必要があるとは思えない。何故ならフロンダリアでの反省を踏まえてグリフィスは警護を相当強化しているし、先日のザウンの案件の時、リゼはすでにシリルを王太子に預けているからだ。メリエ・セラス内を移動するだけなのに、そこまで警戒するとは思えない。
「護衛のために俺が必要だ、と言ったが、ゼノや兵士達だけでは対応できないことが起こると考えているのか?」
「えっ、そうなのか?」
驚いて言ったのはゼノだ。シリルの正式な護衛役である彼は、やはりこういうことは気になるのだろう。真剣な表情でリゼを見つめている。しかしそんなゼノとは裏腹に、リゼはそっけない口調で答えた。
「さあ。起こるかもしれないわね」
気のない返事に、ゼノは驚いて目を瞬かせる。そんな適当な、と言いたげな顔で、彼はリゼを睨んだ。しかし、リゼは気にした様子もなく、さらりと言う。
「別に理由なんて適当よ。特に思いつかなかったからああ言っただけ」
「適当……だったのか……?」
ただ、リアム一等兵の言に反対するためだけに?
「ならどうして俺を連れて来たんだ? 適当な理由を言ったのは、本当の理由を言えなかったからだろう?」
リゼが全く理由もなしにこんなことをするとは思えない。何か懸念があるのだろう。指名されたアルベルトとしても、理由を知っておかなければ一大事になった時に対応できない。しかし問われたリゼは眉間に皺を寄せると、ふいっと視線を逸らした。
「……理由なんてないわ」
「理由がない……?」
告げられた答えにアルベルトは首を傾げた。なんとなく連れてきた、ということか? ますます不可解なリゼの行動に、アルベルトは頭を悩ませる。すると二人の間に、別の問いが割り込んできた。
「それって、理由はないけど一緒にいて欲しいってことですか?」
どこか興味深そうに尋ねたのはシリルだった。仏頂面のリゼに見つめられているにも構わず、シリルは返事が来るものと疑わない目で見つめ返している。アルベルトはリゼが手厳しく切って捨てるのではないかとハラハラしていたが、リゼはそっけないながらも柔らかい口調で答えた。
「そうかもね」
彼女が告げたのは、肯定とも取れる言葉だった。意外過ぎる答えにアルベルトは驚き、言葉もなくリゼを見つめた。後の二人はというと、シリルは目を輝かせ、ゼノは信じられないと言わんばかりの表情で固まっている。そんな三つの反応に囲まれても、リゼはまるで自分とは関係ないことのように平然としている。彼女は何を考えているのだろう。
「リゼ、気になっていることがあるなら、一人で抱え込まずに言ってくれ」
「……別に抱え込んでるわけじゃないわ」
アルベルトが問うても、リゼはそれだけ言って話は済んだとばかり押し黙る。ゼノとシリルも(方向性は違うが)興味深げに見つめているのもお構いなしだ。お得意の沈黙を盾に取る彼女を見て、アルベルトは呟いた。
「気になっていることがあるのは否定しないんだな」
「…………」
案の定、返事が来ることはなかった。
「いらっしゃい。ここが私の工房よ」
メリエ・セラス最大の悪魔除け工房を訪れたアルベルト達は、さっそくシェリーヌの工房に案内された。
彼女の工房は様々な物が雑多に並ぶ、まさに文字通りの場所だった。様々な色の石、木材、金属、花、動物の毛皮や牙のようなものもある。机の上には、様々な工具と作りかけの首飾りのようなもの。周りには穴の開いたガラス玉や石が散らばっている。シェリーヌは奥に積まれた丸椅子を取り出すと、人数分部屋の中央に並べた。
作品名:Savior 第一部 救世主と魔女Ⅴ 作家名:紫苑