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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅴ

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「……ローゼン。お前正気か?」
 一連の経緯を聞いた後、キーネスは呆れたように呟いた。同様に、ゼノも恐ろしいものでも見るような眼差しで、ティリーを見つめている。
「これ、メリエ・セラスでも有名な激辛料理を出す店の中でも、一番辛い料理なんだぜ……?」
 信じられない、とでも言いたげなゼノの表情からして、これはミガー国民でもきつい代物らしい。なんてものを食わせるのだと改めてティリーを睨むと、彼女は視線を逸らしつつしれっと言った。
「あら、わたくしは悪魔祓い師であるアルベルトにこの国の食文化をもっと知って欲しいと思って薦めただけですわ」
「嫌がらせだろう。罰ゲームに使われるような料理だぞ」
 キーネスにそう指摘されても、ティリーは涼しい顔をしている。明らかに故意にやってるだろうに、面の皮が厚い。いっそ氷漬けにしてやろうか……と半ば本気で考えていると、リゼの思考を察したらしいアルベルトが口を開いた。
「ティリーは俺のためにこの料理を勧めてくれたんだ。リゼに勧めたのは俺の落ち度だし、もう彼女を責めないでやってくれ」
 ようやく現れた味方に感激したのか、ティリーはきらきらした目でアルベルトを見つめている。このお人好し。リゼは呆れて溜息をついた。
「でも別に無理に食わなくていいんだぜ?」
 食べかけの激辛料理を指して、ゼノはアルベルトにそう言った。そう、罰ゲームで使われるような料理をわざわざ食べてやる必要はない。だというのに、アルベルトは爽やかな笑みを浮かべて、こんなことを言った。
「いや、美味しいよ。ありがとう。ティリー」
 なにを言ってるんだこいつは、と誰もが思った。感謝されたティリーですら、ひどく驚いた顔をしている。激辛だとか、罰ゲームだとか話していたのに、何を言っているのだろう。でもそういえば。リゼは料理を口にする前のことを思い出す。美味しいのかと尋ねて、彼は躊躇いもなく頷いていた……
「俺が言うのも何だが、お前、味覚がおかしいのか?」
 たまりかねたキーネスが恐る恐る尋ねると、
「……そうかもな」
 曖昧に笑って、アルベルトは激辛料理を一口食べた。表情も咀嚼のスピードも変わったところはなく、本当に美味しいと感じているらしい。やはり変な奴だ。リゼは嘆息すると、いつの間にかシリルが用意してくれた水を一息に飲み干した。
「……まあ、この話はいいとして、それより殿下から言付けを預かってきた。ランフォード。食事が済んだら執務室に来て欲しいそうだ。クロウも一緒にな」
 ようやく引いてきた口内の痛みに一息ついていると、キーネスがそんなことを言った。リゼは空になったグラスをテーブルに置きつつ、キーネスに問い返す。
「シリルも一緒? 何の用?」
「そいつの体質の封じ込めについてだ。手伝って欲しいことがあるらしい」
 何だろう。また新しい悪魔除けを創るのだろうか。思案しながら、リゼは自分の席へ戻る。そして、実は辛くないんじゃないかと疑って激辛料理を口にしたゼノがひいひい騒いでいるのを聞き流しながら、リゼはすっかり冷めてしまった自分の料理を食べ始めた。
 残念ながら、もう味はよくわからなかった。



 昼食の席での一騒動の後、リゼ達はグリフィスの執務室へと向かった。
 王太子が使用する部屋だけあって、執務室は非常に立派なものだった。さすがにフロンダリアのものよりは劣るが、絨毯一つとっても客室と感触が違う。天井に描かれているのは一見ただの蔓植物模様だが、よく見ると悪魔除けのための文字や模様が多数仕込まれている。その天井の下で、執務机に座るグリフィスと傍らに控える眼光鋭い兵士、そして一人の女性がリゼ達を待っていた。
「悪魔研究家シェリーヌ・ディオン女史です」
 リゼ達が訪れてすぐ本題を切り出したグリフィスは、まず執務机の横に立っている女性を紹介した。三十代ぐらいと思われる女性は、朗らかな笑みを浮かべて礼をする。その彼女にまっさきに声を掛けたのは、リゼと共にグリフィスに呼ばれたシリルだった。
「こんにちは、シェリーヌさん。この間はお世話になりました」
 悪魔除けだらけで動きにくいのか身体をぎごちなく動かしながら、シリルはシェリーヌに礼を返す。なるほど、この女性がシリルの悪魔除けを創った人らしい。
「シェリーヌ女史は悪魔除けの専門家で、メリエ・セラスで最も優れた悪魔除け細工師です」
 グリフィスがそう紹介すると、シェリーヌは首を横に振った。
「殿下、私なんてまだまだです。フロンダリアの方々には遠く及びません。ですが、殿下より直接悪魔除け創りを拝命したからには、全力を尽くさせていただきます」
 シェリーヌは一礼すると、リゼの方を向いた。
「さて、あなたがリゼさんね?」
 リゼが頷くと、シェリーヌは説明を続けた。
「あなたを呼んだのは他でもない。悪魔除け創りを手伝って欲しいの」
「――何をすればいいの?」
「魔力の提供よ」
 シェリーヌは腕を組んだ。
「シリルちゃんの“憑依体質(ヴァス)”を封じ込めるためには、悪魔除けも相当強力に作る必要があるわ。今は数を増やすことで対応しているけど、強度と生活上の利便性を考えると、数は少なく強力なものを創る方がいい。そのために、出来るだけ多くの魔力が必要なの」
 材料の選定、組み合わせ、研磨、装飾、制御のための魔法陣の掘り込みと、作成のために必要な手順は多い。そして最後の仕上げが、完成した悪魔除けに魔力を注ぎ込んで、悪魔除けとして起動させること、なのだそうだ。強力な悪魔除けほど、必要な魔力量は多くなる。シェリーヌはそう語った。
「それで私を呼んだのね」
「殿下にご相談したらあなたを紹介されたのよ。最近殿下の魔術師部隊に配属になった、飛びぬけて魔力の高い優秀な魔術師だって」
 なるほど、そういうことになっているのか。リゼはしばし思案すると、同意の代わりに質問を返した。
「どこでやるの」
「メリエ・セラスの私の工房で。調整が必要だからシリルちゃんにも来てもらいたいわ」
 シェリーヌの提案に、少女は頷く。
「はい。分かりました」
「そういうことならオレも行くよ」
 シリルが行くなら護衛も必要だろうと、ゼノが手を挙げる。それを見たシリルは嬉しそうにゼノを見たが、彼は不自然なほど少女の視線に応えない。シリルは表情を曇らせると、静かに俯いた。
「では、リゼ殿。シリルさん。ゼノ殿が工房に向かわれるのですね」
 グリフィスがそう言って確認を取る。街の中の工房に行くだけだ。王太子直属の兵士も何人か護衛につくだろうから、本来ならこれで十分だろう。ただ――。リゼは少し考えてから、隣に座るアルベルトへ視線を移した。
「アルベルト、一緒に来て」
「――? ああ、わかった」
 突然話を振られて、アルベルトは困惑したらしい。怪訝そうな表情をしつつも、彼は首肯する。するとその隣で、勢いよく手が上がった。
「リゼ! わたくしも――」
「あなたはうるさいから来ないで」