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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅴ

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 思わずそう呟くと、リゼは何も言わず、視線だけをこちらによこした。
「いつも君だけに負担を強いてしまって、すまない」
 言っても仕方ないことだと思いつつも、その言葉は口をついて出てしまう。案の定、彼女の態度は冷たかった。
「言うと思った」
 リゼはそっけなく言って、視線を窓の外へと戻した。
「前にも言ったでしょう。あなたにそんなこと期待してない、って」
 淡々と告げられたリゼの言葉が突き刺さる。期待してない。そういえば、スミルナを出た少し後もそんなことを言われた。そうだろうな。リゼの少し不機嫌そうな顔を見ながら、アルベルトは心の中で自嘲する。悪魔祓い師で、ロクに悪魔祓いもできない人間に、彼女が期待するはずもないだろう。
「あなたは悪魔憑き探しをしてくれればいいのよ。余計なことはしなくていい」
 その声音には少しばかり苛立ちが隠れているように思えた。そんな彼女の様子に、アルベルトは何も言えなくなる。口を閉ざしていると、重い沈黙が馬車の中に降りた。
 馬車が止まった。おそらく、他の馬車が通りすぎるのを待っているのだろう。露店が並ぶ人通りの多い十字路は、売り子や客の喧騒に溢れている。外を見ると、複数の店で食事を求める人々が列を作っていた。そういえば、そろそろ昼時である。活気づく市の雑踏は、混ざり合う様々な声を響かせていた。
「聞いたか? ザウンに現れた魔術師の話」
 不意に、そんな台詞が耳に飛び込んできた。声がした方を見ると、露店の脇の食事スペースで数人の若者が立ち話をしている。彼らは各々サンドイッチのようなものを食べながら、口々に囁きあっていた。
「“癒しの魔術師”だろ? 魔物の親玉を倒して悪魔憑きを治したとか」
「信じられない話だな。暑くて夢でも見たんじゃないのか?」
「夢なら悪魔憑きが全員治ってるのはおかしいだろ。“安らぎの家”に入れられていた重症者だぞ? 正気を失って眼も赤くなっていたのに、皆正気に戻って眼も元に色に戻ったとさ」
「西の方でも似たようなことがあるんだろ? 悪魔憑きがある日いきなり元に戻ったとか」
「有り得ねえ。魔物が増えてるっていうこのご時世にか? 本当なら見てみたいな。その“癒しの魔術師”を――」
 馬車が動き出し、若者達の声が遠ざかっていく。ふとリゼの方を見ると、彼女もあの会話が気になっていたのか、彼らを目で追っていた。
「さすがに噂になってるな」
 ぽつりと呟くと、リゼは何か考え込むようなしかめっ面になった。
「“癒しの魔術師”ねぇ……ま、“救世主”よりはよっぽどいいわ」
 “救世主”という呼称を酷く嫌っている彼女にとって、新しい異名の方が歓迎できるようだ。窓の外を眺めるリゼの横顔を見ながら、アルベルトは口を開く。
「リゼ、君は――」
「ところで、前から思ってたけど、あなたの“眼”どれぐらい視えるの?」
 すると、不意にリゼがそんなことを言った。突然の問いかけに、アルベルトは驚いて目を見張る。真っすぐ見つめ返してくるリゼの瞳は、答え以外を受け付けないと言っているようだ。頑なだな。アルベルトは少し呆れつつ、答えた。
「目で見える距離と範囲なら大体は。ただ、魔術のような力の塊があるとその向こうのものは見えづらくなるし、あまり力の弱いものは紛れてしまう」
 アルベルトは窓の外を眺めた。
「この街は魔力の塊がたくさんあって、悪魔憑き探しに少し時間がかかってしまった。すまない」
 メリエ・セラスは、一言でいうなら「混沌」という印象が強い。
 所狭しと並ぶ商店や、慌ただしく行きかう商人達。街並みも人も、秩序とは程通い。だがそれだけではない。メリエ・セラスの街並みを彩っているのは、数々の悪魔除けの力だった。
 人々を守る悪魔除けの力は色も輝きもバラバラで、まるで統一感がない。それなのに、不思議なくらい調和してメリエ・セラスを守っている。無論、神聖都市の天使の加護やルルイリエの結界ほどの力はないが。
 だがそれ故に、ここで何かを探すのは難しい。悪魔除けの力の輝きが入り乱れて、あまりにも眩しいのだ。リゼの要請でアルベルトは悪魔憑き探しを担当したが、街中にいるまだ症状の軽い悪魔憑きは全員探し出すまで時間が掛かってしまったのは、そのせいもある。
「別に謝ることじゃないでしょう」
 謝罪するアルベルトに、リゼはそっけなくそう言った。
「面倒を頼んだのは私なんだから」
「いや、頼まれたからこそ抜かりなくやらないと。それに、俺にはこれぐらいしかできないから」
「これぐらい、か……」
 そう呟くリゼの声音には、少しばかり呆れが乗っているように思えた。
「私でさえ、人に取り憑いている悪魔の姿なんて見えないのに。他の誰にも出来ないことでしょう?」
「そうかもしれない。でも、必要なものだけ視えたらもっと君の役に立てるのに」
「……あ、そ。まあ、探し物がもっと簡単に見つけられたら楽でしょうね。例えどんな場所であっても」
 リゼの言葉に、アルベルトは「そうだな」と頷く。例えばスミルナの悪魔召喚を阻止した時、マリウスの体内に仕込まれた火の魔法陣をもっと早く視つけていれば、みすみす爆死させることもなかったのだ。ただの壁はアルベルトにとって障害にならないが、ああいう風に他の力に覆われていると、どうしても視え辛くなってしまう。他にどんな力があっても視失わないぐらい、強く輝いているものなら別だけれど。
「でも、君ならどんな場所でもすぐに見つけられるよ」
 何気なく、アルベルトはそう言った。
「……目立つから?」
「ああ。君ほど眩しくて綺麗な人はいないからね」
 たくさんの人の魂を見てきたが、リゼのような色彩と輝きは初めてだ。純粋に美しいものに対して、アルベルトは惜しみない賞賛を送る。しかし送られた側はというと、ほんの少し、眉間に皺を寄せたような気がした。
「すまない。何か気に障ったか?」
「そんなんじゃないわよ。自分じゃわからないから実感が湧かないだけ」
 そう言いつつも、リゼの口調は酷く不機嫌そうだ。いいや、ひょっとして拗ねているのだろうか。むすっとした表情は、先程までの冷ややかなものと違って子供が臍を曲げているようだ。アルベルトがくすりと笑うと、リゼは訝し気な目を向けた。
「……なんで笑ってるの」
「いや、すまない。なんでもない」
 リゼはますます疑念を深めたのか、アルベルトをじいっと見つめる。その視線に、アルベルトは微笑みを返す。しばしの間そうしていると、リゼは諦めたようにぽつりとつぶやいた。
「変な人」
 がたごとと、馬車が揺れた。



 アルベルト・スターレンは変な奴だ。前を歩く青年の姿を見ながら、リゼは思った。
 アルベルトは変な奴だ。お人好しで、一生懸命で、小言が多くて、謙虚すぎる。十分役に立っているのに、もっと役に立ちたいなどと言う。更には褒め方が大袈裟だし、心配性だし、怒る時もあるけれど、基本ニコニコと笑っている。先程も馬車の中のやり取りの後、何故か微笑んでいた。特に笑うところはなかったと思うのだが。
「――どうした?」