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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅴ

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 一瞬納得しかけた(しかるべき対価を払えという話は納得した)が、問題はそこではない。大事なことを一人だけ教えてもらえないことだ。全くこいつは。涼しい顔をしている悪友を睨んでいると、アルベルトが静かに言った。
「ゼノ、何も言わなくてすまない。別に大したことじゃないんだ。ただ――」
「あー! あれだぜ!? 言いたくないことを無理に言わなくていいんだぜ!? オレが問題にしてるのはこいつの態度だけだからな!」
 キーネスに人差し指を突きつけ、ゼノは力強く言う。アルベルトは二人を交互に見ると、困ったように笑った。
「そうか。すまない。気を使わせて」
「使ってない使ってない。気にすんな。……でも、そんなに知られたくないことなのか? 親父さんのことって。自慢できないような親とか?」
 何気なくゼノは呟く。でも剣術の腕は自分より上だと語っている時のアルベルトの口調はとてもそんな風ではなかった。するとアルベルトは、首を横に振った。
「まさか。養父上は俺なんかよりずっと立派な方だよ。――ただ、リゼには知られたくない」
 複雑な表情を浮かべて、アルベルトは言う。なるほど。全然分からないけど分かった。そう考えて、ゼノはそれ以上なにも聞かないことにした。
 その後、模造剣を返却したゼノ達は迎賓館へ帰るべく訓練場の玄関へと足を向けた。
 訓練の疲れで、身体に疲労感がまとわりついている。ちょっと頑張りすぎたらしい。重い足を動かしながら、ゼノは隣を歩くアルベルトを見る。同じだけ訓練したはずなのに、アルベルトに疲れた様子がないのは羨ま――いや、悔しいところだ。体力には自信があったのに。それも、アルベルトは最近忙しいようなのに、少し前に言った「今度手合わせしてくれ」という約束を律義に守ってくれているのだ。五歳からの付き合いなのに何かと冷たいキーネスとは全く違う丁寧さで却って申し訳なく思ってしまう。今度なんかお礼するべきか。などと考えつつ、ゼノはぼんやりと歩を進めた。
「そういやキーネス。カティナさんがおまえのことすごく心配してたぜ。ちゃんと連絡とってやれよ。唯一の家族なんだろ?」
 ふと大事なことを思い出し、ゼノは目の前を歩くキーネスに話しかけた。すると振り向いた悪友は、胡乱げな視線を向けてくる。なんだその目つき。ゼノはむっとしつつ、話を続けた。
「おまえらがザウンに行った後、カティナさんがこっちに戻って来たから、その時にちょっと話したんだ。その時にここ半年なにがあったのか訊かれてさ。それで――」
「話したのか!?」
「えっ、うんまあ、問い詰められたから致し方なく……」
 急に血相を変えた悪友に問われて、ゼノは驚きつつも頷いた。それを目にしたキーネスは、がっくりと肩を落とす。その様子があまりにも怯えたものに映ったせいか、アルベルトが耳打ちするように尋ねてきた。
「……前にも言ってたが、そんなにカティナさんは怖いのか?」
「まあ、そうだな……子供の頃、二人で裏山に登って遭難しかけたことがあるんだけど、見つけてくれたのがカティナさんで、キーネスと一緒に大目玉を食らったんだ。笑顔のまま理詰めでこんこんと怒られるのは、確かにめちゃくちゃ怖かったな……」
 退治屋でもない子供が魔物に遭遇したらどうするつもりなのか。山に登るのに登山道具一つ持たなかったのは何故か。何故事前に登山計画を練らないのか。遭難した時の対処法を何故用意しないのか――といったことを、十歳の子供二人に長時間かけてひたすら問い続けたのだ。答えても穴があればひたすらそれを追及されるし、あれは恐怖だったとゼノはしみじみと思う。ゼノはその後さらに母親に泣きながら怒られたこともあって、今でも辛い思い出である。
 アルベルトはゼノの話を神妙に聞いていたが、話が終わってしばらくすると、何かを考えるかのように宙を見据えた。
「そういえば、先日顔を合わせた時も思ったんだが、どうにもカティナさんとどこか別の場所で出会っている気がするんだ。きっと思いもかけない場所で……」
 そう言って、アルベルトは首を傾げる。そんなにも気にかかるものだろうか。でも、そういうのは大体相場が決まっているのだと、ゼノは思った。
「そりゃおまえ、前世で会ったことがあるんじゃねーの?」
 そう言うと、アルベルトは驚いたのか目を丸くした。迷信というか、言い伝えというか、とにかく根拠のないことではあるが、そんなに驚くことだっただろうか。と思っていると、アルベルトは首を傾げた。
「すまない。『ぜんせ』とはなんだ?」
「……えっ、知らねーの!?」
 頭のよさそうなアルベルトが、子供でも知っているようなことを知らない?? 今度はゼノが驚き、目を丸くする。そうこうしていると、横から別の声が割り込んだ。
「前世というのは生まれ変わる前の人生のことだ」
 そう答えたのはゼノではなく、ショックから立ち直ったらしいキーネスだった。悪友は何事もなかったような顔をして、淡々と説明を続ける。
「ミガー王国(こっち)じゃ死んだ人間の魂は生まれ変わるってことになってる。それまでの人生のことは忘れて、新しい人間になるんだ。死んだら天国か地獄に行くアルヴィア帝国(そっち)とは違う」
 ああ、お国の違いだったのか。キーネスの説明にゼノは納得する。天国と地獄のことなら、さすがのゼノも聞いたことがある。死んだら神様の住処に行くか悪魔の巣窟に行くと信じられていたら、前世なんて知らないだろう。ゼノとしては、天国も地獄も御伽噺のようなものだと思っていたけれど。
「そういうもんかぁ。でも、死んだら天国か地獄に行くなら、生まれてくる人間の魂はどこから来るんだ?」
 ゼノはそう言って、ふと頭に浮かんだ疑問をアルベルトにぶつけた。死んだ人間の魂が生まれ変わらないなら、そのうち生まれてくる人間の魂が足りなくなるではないか。一体どうしているのだろう。
「……そういえば、どこから来るのだろうか」
 アルベルトは首を傾げて、悩むように呟く。
「そういえば、そういったことは教わらなかったな……しかし、やはり万物を創り給うた神が人の魂をも生み出しているんじゃないだろうか」
「ふーんそうなのか。でもそれだと、あの世にばかり魂がたまっていってバランス悪いよな」
「バランス……そうだな……天国(エデン)も地獄(ゲヘナ)も質量の概念はないだろうが、魂の数でいえば現世と比べて偏っていることに間違いない。ということは――」
 アルベルトはぶつぶつと呟きながら、何やら熱心に思索を始める。すぐに答えが返ってくるかと思ったけれど、意外とそうではなかったようだ。考え込むアルベルトを横目に、ゼノは訓練場の玄関ホールへと足を踏み入れる。まだ人が少ないホールを横切り、訓練場の出口に近づいてきた時だった。
「そこのお兄さん。焼き菓子を買わないかい?」
 声をかけてきたのは屋台の店主らしきおばさんだった。呼び込みか。訓練場の玄関ホールには、ここを利用する退治屋達に向けて商売をする飲食店がずらりと並んでいるのだ。その一つ、特徴的な緑の屋根を戴く屋台で、店主のおばさんは声を張り上げた。
「そこのイケメンのお兄さん。そう! あんただよ」