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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅴ

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「無事みたいね」
 強力な光を纏いながら、リゼは悠然と歩いてきた。光は次第に収束し、やがて完全に収まる。だがその源たる彼女の魂は、光が消えた後も陽光の如く輝いていた。
「ありがとう。リゼ」
「……なんで礼なんて言うのよ。お互い出来ることをやっただけでしょ」
「最後助けてくれただろう。あれがなかったら危なかった」
「まさか。つい手を出しちゃったけど、あなたの反射神経なら手助けなんていらなかったでしょう」
「そうかな」
「そうよ」
 リゼは呆れたようにため息をついてから、“巨人”がいた方向へ視線を向けた。今や“巨人”は一握りの魔物の群れと化し、グリフィス率いる兵士達に討ち取られていく。ティリー達の方も一段落しつつあるようだ。そして悪魔憑き達は、氷壁に囲われた中で苦しげに呻いていた。
「まあいいわ。これでようやく悪魔憑きを浄化できる」
 澄み切った風がリゼの周りから溢れ出した。足元には魔法陣がプリズムのごとく輝き、光が放たれる。光の帯は悪魔憑き達の元へと流れ、彼らを包み込んだ。その湧出点で、彼女は歌うように言葉を紡ぎ始めた。
 言葉が紡がれるたび、魔法陣の輝きが強くなる。リゼの声は清かに響き渡り、力強く温かくこの場を満たしていく。だが、スミルナの時と違って、その言葉の意味は全く分からなかった。あの時は意味が理解できたのに何故? それとも、あの時と同じように彼女に触れればこの言葉が分かるのだろうか。
 目の前に広がる、荒々しく力強く、優しく温かい力。虹色に彩られた美しい光。それを纏うリゼは言い表せないほど神々しい。そんな彼女に触れることはためらわれて、アルベルトは伸ばしかけた手を下した。その時悪魔祓いの術が完成し、光の奔流が悪魔憑き達を満たしていく。人の身を離れた数々の悪魔が、展開された浄化の光に当てられて消滅していく。凄まじい破邪の力。唯一無二の七色の光。悪魔を打ち祓う姿はまるで、まるで本物の“救世主”のような――
「リゼ、君は――」
 光が消えた。全ての悪魔が浄化され、靄がかかっていた砂漠の空に澄み切った青が戻る。浄化の光の名残を纏いながら、リゼはゆっくりと振り向いた。
「本当に“救世主”なのか?」
 放たれた疑問に、リゼの瞳が揺らいだ。それは動揺? それとも同じ問いが繰り返されることへの呆れ? リゼは蒼い瞳を見開いたまま、じっと立ち竦んでいる。彼女は何かに耐えるように拳を握りしめると、視線を地に落とした。
「私は――」
 言葉はそこで途切れる。まるで、喋り方を忘れてしまったかのように。いつもなら間髪入れず否定するのに、何故そうしない? 一体何を迷っている? 
 いつものように否定できない理由は、一体なんだ?
 ――リゼさんはやっぱり、本物の“救世主”なんですか?
 はっきりと否定できない理由があるんじゃないのか?
「リゼ――」
 けれど、続く問いがアルベルトの口から発せられることはなかった。割って入るように聞こえたどよめきが、アルベルトの注意を引き付けたからだ。はっとして振り向くと、そこにいるのはたくさんの人々。どよめきはそこから発生している。
「今のは――」
「悪魔の声が消えた……!?」
「一体今まで何を――」
「光だ。光に包まれて――」
「何ともない。なんで……」
「あの人が光を――」
「まさか。そんなことができるのは――」
 意識を取り戻した町人の何人かが、口々に囁き合っている。それだけではない。建物の間からこちらを見ているのは、魔物討伐を終えたと思われる退治屋達だった。驚きを持って奏でられる声の主達は、次第に視線を一か所に集め始める。すなわち、リゼの方を。
「退治屋達が一体いつの間に――」
 予定通り魔物討伐をしていたなら、こんなところまで来る余裕はないはずなのに。困惑しつつ建物の間を埋める人の群れを見つめていると、建物の陰から現れる人影があった。武器を携えた兵士の一団。先頭に立つのは鮮やかな赤毛の男。グリフィス率いるミガーの兵士達だ。さすがに砂漠で鎧を身に付けることはしなかったらしい。赤い軍服が砂地に整然と並ぶ。先導する王太子は兵に元・悪魔憑き達の保護を命ずると、真っすぐこちらへ歩んできた。
「王太子。早かったのね」
「ええ。間に合ってよかった」
 そう言って、グリフィスは微笑む。魔物掃討作戦を実施していたはずの退治屋達がここに来たのは、王太子の部隊が加勢したためだったのか。そして、ベルテにリゼ達のことを聞いたか、“巨人”に気づいたかで、ここまでやってきた――
「リゼ殿。さあこちらへ。ここにいては騒ぎになります」
 あとは我々にお任せください。王太子はそう言って、リゼを手招きする。
「今ここで貴女の力が知れれば、混乱の元になります。そうなる前に早く」
 先程まで魔物の咆哮で溢れていたオアシスは、今や人々の囁き声で満たされつつあった。誰もかれもが今しがた起きた奇跡について口々に話し合っている。一体あれはなんだ。悪魔憑きだったはずなのに。悪魔祓いか。そんなことありえない。だってそれは――。退治屋達が来たせいで、喧噪は加速度的に大きくなっていく。このままではグリフィスの言う通り、大きな騒ぎになるだろう。
「リゼ、行こう」
 アルベルトは振り返ると、眉を顰めているリゼに言った。
「――ええ」
 リゼは頷いて、グリフィスへと近づいた。王太子の後ろでは、兵士達が救助もかねて、元悪魔憑き達がこちらに近づかないよう壁を作っている。リゼはそちらの方を一瞥した後、グリフィスの促すままに歩き始めた。そのあとを、アルベルトも続く。
 ――答えを聞き損ねたな。
 グリフィスに連れられ、オアシスを離れるリゼの後ろ姿を追いながら、アルベルトは答えを得られなかった問いを噛み締めた。