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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅴ

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 アルベルトに肩を揺さぶられ、呆然としていた男は我に返ったのか「あ、ああ……」と呟く。これ以上悪魔憑きが増えては面倒だ。できるだけ悪魔に取り憑かれないよう、彼には気をしっかり持ってもらうしかない。リゼはレイピアを握り直すと、呆けた顔でアルベルトを見ているジャックに声をかけた。
「ジャック。この人をよろしく」
「え? あ、ああ。しかし、あの悪魔憑きはどうする?」
「決まってる」
 浄化するのだ。
「ティリー、悪魔憑きは私が対処する。あっちの魔物はあなた達に任せる」
「了解ですわ」
 リゼは踵を返すと、オアシスに向かって走り出した。
 オアシスの周りでは砂漠狼と“番犬”が、ふらふら歩く悪魔憑きをじぃっと見つめていた。まるで獲物に襲い掛かるタイミングを計っているようだ。そんな狩人の目をした魔物が犇めいているというのに、すでに意識を奪われているせいか、悪魔憑き達は構わずオアシスの方へと歩いていく。その姿は、まるでオアシスに呼ばれているかのようだ。
『氷雪よ!』
 悪魔憑き達の前に回り込んで、リゼは魔術を展開する。出現した氷壁は悪魔憑き達の行く手を塞ぎ、歩みを止めさせた。
 しかしその瞬間、足元に影が落ちたかと思うと、黒い腕のようなものが上空から降り落ちてきた。いつの間に近づいたのだろう。“腕”はオアシスから伸びて、こちらに迫っている。リゼは咄嗟に魔術を唱えると、目の前に氷壁を創り出した。
 降り下ろされた“腕”は、鈍い音を立てて氷壁に激突した。衝撃で飛びちった氷の欠片がキラキラと舞い落ちる。咄嗟に作り出したために壁は脆く、腕の圧力に耐えかねてすぐにヒビが入り始めた。
 氷壁が崩れる前にリゼはレイピアを引くと、浄化の力を乗せた魔術を腕に向かって繰り出した。煌めく風の刃を受けて、“腕”はずたずたに斬り裂かれる。しかし“腕”はすぐ再生し、あろうことか枝分かれして氷壁の向こうに手を伸ばし始めた。
「悪魔憑きを狙っているのか!?」
 もう一度魔術を放ち、“腕”を破壊する。魔物の“腕”が塵に還り、散逸していく隙に、リゼは氷雪の魔術を重ねて氷壁をさらに天へ伸ばした。
 しかしその間に、オアシスの方から悪魔の気配が膨れ上がった。魔術を紡ぎながら振り返ると、“腕”が現れた場所から黒いオーラが立ち上っている。すると黒く濁ったオアシスの中から、突如として黒い物体がせり上がった。
「……! あれはスミルナの地底湖にいた……!」
 水の中から現れたのは巨人の姿をした魔物だった。魔物を集め、四肢を無理やりより合わせたような身体。体表から伸びる無数の腕。目のように見えるのは魔物の頭部がたくさん集まったものだ。“巨人”は依り合わさった腕を振り上げると、リゼに向けて勢いよく振り下ろした。
 その拳を、銀色の閃光が貫いた。閃光は“巨人”の拳を易々と斬り裂き、聖なる光で肉片を塵へと変えていく。祈りで光を操り銀の刃を振るったアルベルトは、リゼを庇うようにその眼前へ降り立った。
「アルベルト、あれは――」
「魔物の集合体か。数えきれないほどいる。こいつが魔物を呼び寄せる元凶だ」
 耳を聾するような重低音が響き渡る。腕を無くした痛みを訴えるためか、“巨人”が咆哮を上げたのだ。鼓膜を打つ大きな音に耐えながら、リゼは声を張り上げる。
「スミルナの地底湖にもこいつがいた! まさか、ザウンでも悪魔召喚を行う気かしらあいつらは!?」
「分からない! 召喚陣らしきものは見当たらないが――避けろ!」
 問答をする暇もなく“巨人”の拳が降り落ちてきて、二人は左右に分かれて跳躍した。落ちた“巨人”の拳は砂を巻き上げ、当たり一体に砂塵が舞う。更には拳から無数の腕が生え伸びてきて、リゼは“巨人”から距離を取った。
 アルベルトの一撃で、“巨人”の腕は確かに破壊されたはずだった。しかし傷口は瞬きする間に修復され、すでに新しい腕が出現している。悪魔の再生能力。強力な魔物がしばしば有している能力だ。スミルナ地底湖の“巨人”は持っていなかったのに、こいつは持っているらしい。再生した腕からは無数の小さな腕が伸び、うねうねと蠢きながら獲物に狙いを定めた。
 目の前のリゼではなく、その背後の氷壁へと。
 やはり奴は悪魔憑きを狙っているらしい。リゼはレイピアを引き、刺突の体勢を取る。繰り出したレイピアの先からは浄化の力を含んだ風が溢れ、無数の腕を切り刻んだ。だが全てを蹴散らすことは出来ず、取りこぼした腕が氷壁へと到達する。壁を破ろうとする“巨人”の腕。その一団を氷壁の前に滑り込んだアルベルトが斬り裂いた。
 “巨人”の咆哮と悪魔憑きの喚き声が不協和音を奏でる。互いに呼び合っているのだろうか。氷壁の向こうで、悪魔憑きが自由を求めるように壁を叩いている。あまり暴れられるとまずい。脆い人の身では悪魔の膂力に耐えきれず、壁をよりも先に悪魔憑きの身体の方が壊れてしまう。先に悪魔憑きを癒すか? いいや、“巨人”の腕が邪魔で術に集中するのは無理そうだ。やはり先に“巨人”を仕留めるしかない――
「リゼ!」
 呼び止められて振り返ると、這いまわる腕を斬り捨てたアルベルトがこちらに近づいてくるところだった。リゼは前方の敵を斬り払うと、後退して彼の元へ向かう。しつこく追ってきた腕を氷槍で串刺しにし、氷壁の方へと走った。
「奴の弱点が視えた。額の中心だ」
「額?」
 アルベルトと合流し、背中合わせで腕と対峙しながら、リゼは尋ね返す。
「力の流れが澱んでいる。あれがあの魔物の要だ。それを叩けば」
「一気に浄化できるってわけね」
 そういえばスミルナの“巨人”も額を攻撃することで倒すことができた。ここの“巨人”も同じということか。リゼはレイピアを構え、そこに魔力を込めた。
「ああ、でもそのためには――リゼ!? ちょっと待ってくれ!」
 アルベルトの静止も聞かず、リゼはすぐさま空中へ飛び出した。風の魔術で身体を押し上げ、悪魔憑きを狙う“巨人”の腕を蹴散らしながら、胸部に当たる高さまで飛び上がる。“巨人”の複眼のような目がぎょろりと動く。リゼは氷の槍を創り出すと、眉間に向かってそれを見舞おうとした。
 しかし、飛び出した氷槍は“巨人”を捉えることなく空を切った。氷槍が眉間に迫った瞬間、“巨人”の頭部がぱっくりと割れたのだ。氷の槍は“巨人”を捉えることなく空中を飛んでいく。再び魔術を放とうとしたが、リゼが詠唱を終える前に、左右に分かれた“巨人”の頭部から大量の腕が飛び出してきた。襲い掛かってくる腕を薙ぎ払うも、それはしつこく追ってくる。更にはリゼだけでなく、悪魔憑きを守る氷壁をも狙っている。リゼは落下しながら、魔術を完成させた。
「鬱陶しい!」
 氷雪が煌めく“巨人”の腕が凍り付く。だがその後ろから新たな腕が襲ってくる。体勢を整えきれないうちに捌ききれない数の腕が押し寄せてきて、リゼは跳ね飛ばされた。宙を回転しながら、リゼは落ちていく。途中で何とか体勢を立て直し、地面に叩きつけられることだけは回避したが、反撃に移るまでには至らない。砂地に膝をついて顔を上げると、“巨人”の腕がすぐそこまで迫り――次の瞬間銀色の軌跡がそれを断ち斬った。