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魂を揺さぶるような鐘の音

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『魂を揺さぶるような鐘の音』

冬の昼下がり、ケンイチは法事も終え、そろそろ東京に帰ろうかと思いながら冬枯れの庭を眺めていた。庭の外れに柿の木がある。上の枝には微かに残った柿の実がしぶとくしがみついている。柿の赤が青空を背にして実に鮮やかに映える。眺めているうちに遠い昔を思い出していた。幾つくらいのときことか。ケンイチがまだ十歳くらいのことだ。秋の日であろう、母親が柿の皮を剥き、干し柿にしていた。すぐそばでケンイチはずっと母親の顔を見ていた。そのときのことを思い出したのである。
「ケンイチさん、あなたに電話よ」と兄嫁がそういって電話をよこした。
「誰から?」
「分からないわ。名乗らないの。会社の人だと言っていたわ」
会社の人? いったい誰だろう? 会社を辞めて、もうずいぶん経つが、家族には告げていない。だから、兄嫁はいまでも会社勤めをしていると思っている。
「もしもし……」とケンイチはためらいがちに言った。
返答がない。
「もしもし……」と再び言う。
電話の向こう側でふっと息を吐いているのが分かる。
「……ショウコです」
ショウコという一言で一気に学生時代に引き戻された。
「え!」と驚きの声を発した。
その声を兄姉は敏感に反応し、ケンイチの方を向いた。ケンイチは何でもなさそうに、ゆっくりと兄嫁に背を向けた。
「ごめんなさい。驚かせて、おととい、あなたを見たの。Y駅で……」
きっと駅を降りたところを見られたのであろう。
「そしたら、急にあなたに会いたくなったの……」
彼女のことはあまり知らなかった。小さい頃から、近所で知っていたのに、何が好きで、何を考え、どんな夢があったか。聞いたことがあったかもしれないが、覚えていない。そのことに気づき、今さらのように驚いた。いつも、はにかんでいるような笑みを浮かべていた。美人ではなかったが、すらりと体で、どこか日陰に咲く朝顔のような控えめな女だった。学生の頃、一時、深い関係になった。いつのことだったか、裸になった薄闇の中で、「ショウコは朝顔に似ているな」と言うと、「うれしい」と言って抱き着いた。……だが、二人の関係はもう八年前に終わっている。今更、会って何の用があるというのか。
「明日の十二時、隣のY町の浜辺で会えるかしら?」
小声で「気が向いたら、行くとかもしれない」と返答し切った。
「今の人、会社の人?」と兄嫁が聞いた。
「そうだよ」と適当に返事をした。
兄嫁はどんなことでも首を突っ込みたがる好奇心旺盛な女である。変に勘ぐられないように平静を装った。だが、妙に高まっている胸の鼓動はどうしょうもない。気を紛らわすために外に出た。日が差しているとはいえ、さすがに冬である。コートなしでは寒い。震えながらタバコに火を付け、昔のことを思い返した。

――振り返れば、ショウコは憐れな女だった。酒と博打が好きな父親のせいで、高校に満足に行けずに中学を卒業すると、すぐに隣町で働かせられた。他の若い娘のように化粧したり、服を買ったりして楽しむことはなく、ただひたすら働いて苦しい家計を助けた。
ケンイチが二十歳の時、大学三年の夏休みのことである。大学で好きになった女に振られて自棄になっていたとき、たまたま道でショウコに出会った。
「海に行く?」と誘ったら、うなずいたので車に乗せた。 海に誘った一週間後、無理やりショウコと肉体関係を結ぼうとしたら、ショウコは頑な拒んだ。無理強いはしなかった。一日置いて何もなかったように、また海に誘った。
さらに一週間後のことである。その日は隣町の夏祭りだった。
「祭りに行こう」と言うと、ショウコはうれしそうに頷いた。祭りの後、ショウコを抱き寄せ「抱きたい」と素直に言った。もしも、そこで拒絶の言葉を言ったなら、直ぐに体を離しただろうが、何も言わなかった。ラブホテルに入った。
ケンイチはショウコの服をゆっくりと脱がした。裸体に手が触れると、温もりが伝わってきた。何かに包まれているような不思議な感じがした。嬉しくて抱き寄せ、その顔を自分の方に向けさせ口付けをした。少し嬉しそうな顔をして待っている。ひょっとしたら、最初から、こうなることを期待していたのではないかと思った。愛しい思いが込み上げ強く抱いた。愛を確かめると、ケンイチはゆっくりと体を離した。
「汗をかいているね」と言ってショウコはケンイチの体をタオルで拭いた。
ラブホテルを出た後、ケンイチは風車を買いショウコに与えた。ショウコは「まるで小さな子供みたいじゃない」と笑いながら風車をまわした。そんなショウコが愛しいと思った。
夏休みの間、ケンイチは何度もショウコを抱いた。体を重ねていくうちに、ショウコは拒む仕草もしなくなった。そればかりが自分から服を脱ぐようになった。まるでセックスを楽しむかのように。
ケンイチはショウコの白くてしなやかな体を愛した。本能がおもむくままに抱いた。ショウコの口を吸い、小さな乳房を吸い、体中を愛撫する。そして、勃起した分身を差し込む。そのときだけ、ショウコは少し顔を強張らせる。それが堪らないほどケンイチを奮い立たせた。体を動かすと、ショウコの中が蜜で溢れていく。まるで夢でも見ているようにショウコはなすままになる。ショウコの中は、柔らかくて、温もりがあって、そして潤いに満ちている。何もかも包み込んでくれる優しさをケンイチは感じた。そうだ、ケンイチが求めたのは無言の優しさだった。
 ケンイチは自分たちの関係を「誰にも言うな」と固く口止めしておいた。それがどういう意味なのか、ショウコにも分かっていた。ただ単に体だけの関係だということを。
夏は終わったとき、ケンイチは横浜に戻った。そして秋も終わり、冬になった。
実家に用があって、たまたま帰省したとき、ばったりとショウコに出会った。
立ち話をしているとき、ショウコを冗談半分に「横浜に遊びに来るか?」と誘った。
「考えておく」とショウコは嬉しそうに言った。

一週間後、ショウコは本当にケンイチの前に現れた。
「家の者に何て言ってきた」と驚いた顔で聞くと、
「友達と旅行するって行ってきた」
ケンイチは車で横浜を案内した。ショウコは青い海に港が気に入った。
「冬でも暖かくていいね。何よりもお日様があっていい」とはしゃいだ。
田舎で見るショウコと別の顔があった。田舎にいるときは、いつもはスッピン近いが、その日は、化粧が心持ち濃くてどこか垢抜けてみえた。いつもとは違っていた。
まだ午後三時だった。アパートに戻るには早かったので、しばらく、そこにいることした。
風が少しだけ出てきた。
とめのない話をしていたら、突然、遠くの方から鐘の音が聞こえてきた。軽やかな西洋の鐘の音ようだった。
「近くに教会でもあるのかしら? 鐘の音に魂が揺さぶられる」