星屑サンタ
午後10時のクリスマスの丘の上公園は彼が待っていた。
新品のアウトドアの椅子2脚とテーブルが街の夜景を目の前にしてセッテイングしてあった。足元には温かい風が来るガスヒーターなんだろう、寒空の下にしては温かい。最近はカセットガスで暖房できるとは聞いていたが便利なんだなと思った。
気恥ずかしく現れた私に彼は
「ようこそ、いらっしゃい」と私が来ないことを想定してないような声で挨拶してきた。
私もつい当たり前のように
「お呼び頂いて恐縮です」と約束をやぶることなんか考えていない調子で言った。
「じゃ、さっそくコーヒーでも入れましょうか?」
「あの~、今日はあまり時間がないんですけど・・」と、昨夜と同じく待ってる家族もいないのに、つい嘘をついてしまった。
「そうですか。それは残念です。じゃ大急ぎで作りましょうね」
私がすぐ帰るだなんてことも、彼の頭にはないようだ。そこがおかしかった。
豆を挽きコーヒーを入れる彼のその手つきは優雅で手馴れている感じがした。
「お上手ですね」
「昔、ホテルでカフェをしていたもんで・・・」彼は嬉しそうに言った。
アウトドア・キャンプが好きなホテルの元カフェマスター。彼の所作は見ていて飽きなかった。
そして、陶器の多分、すごく高級なんだろうと思われるカップで目の前にコーヒーを差し出された。
「今夜はメリークリスマス。お越しくださってありがとうございます。寒空の下ですが星も輝き、街も光り、私の他愛ないお遊びに付き合ってくれてありがとう。コーヒーだけは自慢できるんでどうぞ召し上がってください」
彼は丁寧な言い方で私に薦めた。
私はありがとうございます・・と言いたかったが、まだ不思議気分が支配しており、言葉が何も出ぬままカップを口にした。
そのコーヒーはすごく上品で柔らかい味がした。
どんなコーヒーと聞かれても、それほど良く知らないけど確かに感動するほどの味がした。
温かい液体が冷たい顔を心地よく弛緩させる。
やっと一息ついた私は彼に質問した。
「こうやって奥様と寒空キャンプで星空を見てたりしてらしたんですか?」
言い当てられたような照れた彼は
「申し訳ない。実は入院中、妻の願いを聞いたら星を見たいということで買っておいたんですわ。このイス、テーブル、ライト。なんだか妻の代理にしたようで申し訳ない」
じっと見る私にしきりに彼は照れている。
言い当てられて恥ずかしそうにしてる男がいじらしくもあり、そんなふうに思われてた彼の妻が羨ましくもあった。
「本当に好きだったんですね奥さんのこと」
「ええまあ。でもね、入院するまではごく普通の家庭でなんにも話さない何処にでもある夫婦だったんですよ」
私は自分の夫のことを思った。
「なんにも変わらない生活で毎日一緒に暮らしてると空気みたいな存在で、こう言っちゃ悪いがうとましく思ったことも多々ありましたよ」彼は小さく笑う。
「でも妻の寿命が後、数ヶ月と聞かされた時、当たり前のものが当たり前で無くなるということはショックですね。喪失感というのでしょうか・・・。それから、やっと妻を大事にし始めたんですけど遅かったようですね」また、彼は小さく笑った。
「いいえ、遅くなることはありませんわ。気がついただけでも立派です」
「付き合いだした時からずっと、そんな気持ちでいられてたらもっとよかったなんて
今頃思うんですけど、人間馬鹿ですよね」
「誰だってそうならなきゃわからないんじゃないですか?私だって。。。そうなんですもの」
また、夫の顔が浮かんだ。
「わかっていても、どこから優しくなるかの線引きってむつかしいですよね。僕だって手遅れだとわかってやっとそうなったんだから・・・。今の旦那さんとうまく行けばいいですね」
彼は自分のコーヒーが出来上がると、私の横にある椅子に座った。
そして私達は並んで、目の前のクリスマスで賑わう街の灯りを見た。
「そうありたいですけど、やっぱり今の私の本音は・・夫なんてどうでもいいんだけど・・と思ってるんです。不謹慎というか、やっぱりいざとならないと変わらない性格なんでしょうね」
「いやいや、みんなそんなもんでしょう」
足元を暖かくしてくれてるヒーターと、美味しいコーヒーで寒さはさほどでもなかった。
コーヒーは温かく、きっとこの温かさは彼の愛情なんだろうと私は思った。
「豪華なクリスマスプレゼントよりいいですね。こんなのも」
「そう言ってもらえると嬉しい、コーヒーだけですけどね」
「イルミネーションを見上げて、ホテルでワインをなんてがクリスマスだと思ってたけど、
寒空で星を見上げてコーヒーだけでもロマンチックなんですね」
「ロマンチックですか?私にはわからない」
「女性は星空の下では乙女チックになるんですよ・・この歳でも」
「じゅうぶん乙女に見えますよ」
「あら、お世辞でも嬉しいわ。その言葉が私の今年のクリスマスプレゼントかしら。
ずっと覚えておきます」
確かに忘れられないクリスマスの夜になりそうだ。
空に光る星屑と眼下に見える街の灯りがイルミネーションのように輝く小高い丘。
いつもの通う道から少しハンドルを切っただけで、世界が広がるなんて。
何気ないところに新しい出会いがあり、気付きがあるものらしい。
それは普段生活しあってる夫との間にもあるかもしれない。
私は一杯のコーヒーを飲み終えるとお礼を言い、素敵な夜の野外カフェを後にした。
不思議なクリスマスの夜。
彼はもしかしたらサンタクロースだったのかもしれない。
バックミラーには星の中で手を振る、サンタがいた。
(完)