伊豆へ行きたい(増補版)
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「伊豆に行きたい」
妻が唐突に言い出した。年の瀬も押し迫り、子供たちは冬休みに入ってしまっているというのに、年内に行きたいという。算段がある訳でも、具体的な案がある訳でもなかった。でも、行きたかったのだろう。
夫婦共働き。妻は、いつも忙しくしている。好きで忙しいわけじゃない。でも、忙しいのは、まぎれもなく本当で、そして、日常は、あまりにも、当たり前に存在していて、誰だって、小さな幸せを大切にしたいけど、その前に、生活しなきゃならない。
実は、妻の母の様子が少しずつおかしくなり、その頃には、あまり笑って済ませられない出来事も、日々起きていた。それを機に同居が始まった。威厳にも似た確かさを持っていた母が、幼子のように駄々をこねる。妻には、つらかったろうと思う。この日常が、そんなにいつまでも長くは続かないことは、家族の誰もが感じていた。
作品名:伊豆へ行きたい(増補版) 作家名:でんでろ3