ひき逃げ
俺は、曲がり角付近でチトに追い付き、二人揃ってチェリーに続き角を曲がった。
すると、30メートルほど先に、行き場を失って停まっているチャイニーズの車が目に入った。俺は、
(ざまあ見ろ・・、これから目に物を見せて遣る!)
と思いながら、彼らの乗る車に駆け寄った。
車に近付くと、目聡く先程駐車場で世話を焼いていたチトを見付けたチャイニーズは、
「なんだ、お前の言う通り、近道だと信じて来たけど、行き止まりじゃないか・・」
と、車の窓から顔を出して、声高に言った。
チトに代わって、俺が、
「いちいち言われなくても、行き止まりだというのは、見りゃ分かるさ。」
と言いながら、奴の髪の毛を掴んで、車の外に引き出した。同時に、助手席に座っている男の腕をチェリーが掴んでもの凄い形相で睨み付ける。
「うわっ! なんだ・・なんだ・・? わっ!」
とか言いながら、かなり慌てるチャイニーズ。
後部座席の女二人は、突然の出来事に声も出ない。それを良い事に、チトが、
「大人しくしてりゃ、命までは奪わない。静かにしてろ!」
と、傘に掛かった言い方で脅す。
俺とチェリーは、それぞれ2~3発ずつ男の腹にパンチを入れ、奴らを地面にねじ伏せた。
彼等は、金目当ての強盗にでも襲われたと思ったのだろう。
「金は、出す。だから、手荒な真似は、しないでくれ・・」
とチャイニーズ。
「俺達の目当てが分かっているのなら、つべこべ言わず持っているものを全て出せ!」
と、俺が言っている間に、チェリーが、もう一人の男の腹部を蹴り上げた。
「ッウ~~・・」
と、低く唸りながら、身体を捩る男。それを見たチャイニーズは、慌てて財布をポケットから取り出し、
「これが、全財産だ。他には、何も持っていないから・・」
と、命乞いをする様に言う。
「全てかどうかは、俺達が決める。これ以上、何か言ったら、本当にぶち殺すぞ!」
「・・分かったから・・ 頼む・・ 本当に何も・・」
「黙れっ!」
俺は、奴のこめかみ辺りを強く小突いた。そして、
「好い時計だな・・」
と、奴の腕を掴んで言った。奴は、腕時計を外し、俺に差し出した。俺は、彼が差し出した時計を眺めながら、
「良い車だなぁ、ついでに貰って行くぞ。」
と嘯く。チャイニーズは、
「車までなんて・・パパに叱られる・・」
と、半べそ状態で狼狽えるが、車を頂いて売り飛ばすのが本来の目的だから、彼がいくらパパに叱られようと『じゃあ、車は置いて行くよ』ってな訳には行かない。
そこへ、
「女は、どうする?」
と訊くチトの声。
「そのままで好い。黙って座席に座らせておけ。此処で解放して騒がれでもしたら面倒だ。」
と応える俺。
「よし、じゃあ、ドライブに行こうぜ。」
と、女達に悪ふざけのチト。
(さあ、あと2~3発も殴りつけて、とっととおさらばしよう・・)
と思っていると、
「ねえ、この男も一緒じゃダメ? 良く見れば、なかなか好い男なのよ、わたしの好みよ。」
と、まったく緊張感の無いチェリー。
「車は、5人でいっぱいだ。そんな奴、放っておけ。」
「何よ、あんた達だけ女連れで・・ わたしは、一人ぼっちじゃないの・・」
「そういう問題じゃないだろ! それより、急げ!」
チェリーは、渋々男から離れた。但し、離れる際に、もう一度、男の脇腹を蹴り上げる事も忘れなかった。
チェリーが、運転席に座った。そして、
「さあ好いわよ、早くっ!」
と俺達を呼ぶ。俺も二度程、チャイニーズを蹴り付け、助手席に乗った。チトは、ちゃっかりと後部座席に座って、女達に凄みを効かせている。
「行くわよ!」
と、その言葉を合図に、チェリーが、車をバックで急発進させた。
そして、脇道に戻って、そのままレストランの横を通り、大通りを猛烈な勢いで走り始める。
「おい、事故らない様に気をつけろよ。」
「任せてよ、わたしを誰だと思ってるの?」
「・・ああ、そうだな、チェリー・・・お前の運転は、プロ並みだったな・・」
「分かれば好いのよ。・・しかし、さすがに良い車だわねぇ・・、しかもこれ、上級クラスよ。走行距離も3万キロほどだし、高く売れるわよ。」
と、猛烈なスピードで車を走らせながら、チェリーが言う。
「俺の車も、買い戻せよな。」
「ああ、だから言っただろ? お前の車など2~3台買ってやるって・・」
「そうだったな。ところで、お姉さん達、これから何処へ行くんだい?」
「・・・」
「・・」
それから約6時間後、チェリーは、ドイツ製の高級車を、彼の馴染みの自動車販売店に驚く程の高値で売り払った。