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バラードが嫌いな彼女は

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 翌朝、彼女はいつも通り元気に働いていた。
 昨日のことは私しか知らない。彼女が恋人と別れたことを知っているのは私だけだ。私さえ普段通りにしていれば、誰にも気付かれることはない。そして彼女も、拍子抜けするほど何も変わっていなかった。
 昼食時、あのバラードを歌う歌手の特集が組まれていた。
 すかさず彼女の様子を見ると、そそくさと取り出したMDプレーヤーのイヤホンを耳にはめていた。
「やっぱり、バラードは嫌いなんです」
 そう言って雑誌に視線を落とす彼女を見ていると、昨日の出来事が夢だったのではないかと疑いたくなった。

 数日後、彼女は工場の仕事を辞めた。班長がそれらしい理由を言っていたが、きっとそれは建前なのだろう。
 その日、私の靴箱には一通の手紙が入っていた。勿論それは彼女からの手紙であり、短い文章と共にMDが同封されていた。そのMDは、あの夜に私の車からなくなっていた私の好きなバラードが入っているものだった。


『MDを黙って借りてしまってゴメンナサイ。ここ何日か聴いてみたけど、やっぱりバラードを好きになれそうにはナイデス。』

『だって、好きなったら困るでしょ?』

「何を、だ」
 手紙を読み終えた私は、思わずそう呟いてしまった。



 季節は流れ、秋が静かに終わり、恋人たちが肌を寄せ合う冬が始まった。
 イルミネーションと共に冬を彩るバラードが流れ出したこの街のどこかで、彼女はまだ耳を塞いでいるのだろうか。
 駅前にあるドーナツ屋の入口で、すれ違った女のコがつけていたイヤホンから漏れ出る場違いなほどハードなロックが耳に入った。

 元気に笑っている彼女の姿が思い浮かんで、私はなんとも形容できない気持ちで微笑んだ。



          ― 了 ―