女の指
新しい指に慣れるまでには、それなりに時間が掛かることだろう。だが、この理想の指なら大丈夫だという確信もある。駅のホームへ向かうエスカレーターに乗り、しげしげと自分の手を眺めながら、私はそんな実際的なことを考えていた。男の武骨な手の甲から、あたかも何かの細工のようなスラリとした指が伸びているのは何だか奇妙な眺めだし、付けたばかりの指の根元がまだぎこちないけれど、それも使ううちに馴染んでくるはずである。とにかく、今まで感じたことのない安らぎが、私を包んでいるのだった。
ふわふわとした、浮足立った高揚感の中でふと、新しい指の味を試してみようかと思った。見れば見るほど、突き抜ける甘さを想像させる指である。だが、先ほどの女の白い唇が、どうしても目の中から出ていかない。それで、とうとうやめにしてしまった。
駅のホームに着くと、なんだか人々がざわついているようだった。どうも、誰かが飛び込んだらしい。耳に入る話し声から察するに、飛び込んだのは若い女性のようだった。既に到着していた救急隊が、担架を担いで私のすぐ横を通った。エレベーターの無い駅のことで、急いで下りエスカレーターに乗り込んでいく。その拍子に、担架が大きく揺れ、運ばれていた女性の両手が、だらりとはみ出した。
その白い両手には、右薬指と、左小指が無いように思われた。