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BEAT~我が家の兄貴はロックミュージシャン

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(一)

 陸が通う高校は、鎌倉駅から徒歩十分の所にある。あの有名な、鶴岡八幡神社も近くだ。
 もうすぐ冬休みとあって、クラスメートは両親の実家に行く者、今回は海外へ行くと云っている者、様々だ。
 「天道、お前今年はどうする?」
 「家にいるかな。父さんの命日もあるし」
 「兄貴たちは?」
 「さぁ、どうかな」
 「そう云えば、お前の兄貴たちって何してるんだ?」
 「え…」
 親友・塚田は、陸の二人の兄がロックバンド『BROTHERS』とは知らない。別に隠している訳ではなかったが、敢えて突っ込まれると陸はごかますのが常だ。
 人気者を持つと、いろいろ大変なのだ。
 「見て見て、『BROTHERS』のライブが決まったって」
 女子達が、音楽専門雑誌『LEGEND』を広げ、会話している。ファンの間では、シークレットバンドと呼ばれているほど、『BROTHERS』はその私生活は謎とされている。唯一知り得る一般人である陸は、塚田の話に上手く話を合わせながら、ちらっと横目でその雑誌を覗いた。
 日付は十二月二十四日、ライブハウス『SUCCESS』。
 それは父、天道吉良の命日の翌日だった。
 ―――よりにもよって…。
 海は、髪を掻きながら貸し倉庫の中に入っていった。『SUCCESS』は、今ここが練習場所で既にドラムのサトシ、ギターのレン、そして空がいた。
 ライブハウス『SUCCESS』は、クリスマスイブのその日しか、他のミュージシャンのライブは入っていなかった。
 「それより、問題発生だ。海」
 ドラムのサトシが、兄弟の会話に入ってくる。
 「何か、あったのか?」
 「蓮が、指をやっちまった」
 それは、ギターが弾けない事を意味する。
 「あちゃ―――…」
 思わず、目を覆った海だった。これでは、ライブどころではない。
 誰もが、頭の中に『活動休止』の四文字を浮かべた。一人を、除いて。
 「海、まだ諦めるのは早いぜ」
 滅多に笑わない空が、軽く笑んでいた。
 「今から代わりなんて無理だぞ」
 「もう一人いるだろうが。ウチのバンドに文句なしに合わせられる奴が」
 海は、それが誰か未だ理解っていなかった。

 その年の冬、神奈川は大雪が降った。見慣れた車窓の眺めも雪景色となり、さすがに鎌倉の海にはサーファーの姿はなかった。
 極楽寺の緑の看板も雪が付き、郵便ポストも雪を頭に乗せ、駅の名前の由来となった極楽寺の屋根も白く染まっている。
 十三年前と、まったく同じ光景。
 「またかよ~」
 そう大袈裟に愚痴ったのは、陸だった。
 授業が早く終わったのはいいが、兄と同じ電車に乗っていたらしく改札で鉢合わせしたのだ。しかも、今度は空までいた。
 「何度も云うが、お前と帰る時間が重なるは偶然だぞ」
 「今日は、叔父さんもいるし」
 「久し振りに家(うち)で四人、夕飯どうかって誘ったんだよ。ほら、叔父貴未だに独り身だろう。いい年のオッサンが一人飯は寂しいだろ」
 「海、一言多いぞ」
 りきがムッとした顔で注意すれば、陸が「そうだそうだ」と頷く。
 「じゃ、俺は先に…」
 「ま、そう言わず久し振りに」
 「おいっ」
 海は腕を、陸の腕に回した。
 「何、考えてんだよ」
 「昔は、手繋いで歩いたんだぞ。なぁ?空」
 「忘れた」
 「離せ~、目立つじゃないかぁ!」
 天童家の三兄弟が家路を辿る。しかし、この日だけは三人に気付く人影はない。
 幼き日―――。

 ♪夕焼け小焼けで日が暮れて~♪

 幼い三兄弟が手を繋ぎ、帰って行く。
 「や~まのお寺の鐘がなる~♪」
 両親はなくても、三兄弟には幸せな時間。喧嘩しようが、必ず仲直りしていた。
 「♪お手々つないでみなかえろ~」
 遠き日の、色褪せぬ思い出。

 「空、何してんだよ!置いて行くよぉ」
 「煩い兄弟どもだ」
 リキから離れた空が、ゆっくりと彼らを追う。
 ―――兄貴、必ず行こうな
 (吉良…!)
 ―――武道館に、必ず立とう。な?兄貴。
 (吉良、おれはどうすればいい?)
 「リキ叔父さん、早く来ないと叔父さんの分まで食べちゃうぞ」
 「あ、ああ」
 リキは墓前から立ち上がり、三人の甥っ子の後に続いた。

 その夜、陸が夕食を終え宿題しなきゃと二階に上がった時だった。
 「譜面じゃないか」
 「新曲さ」
 パラパラと捲っていた海は、「何の、冗談だ?」と眉を寄せた。
 「俺は冗談は言わない」
 「ギターがいないんだぞ?ライブまで二日しかない。無理だ」
 新しく加えられたギターのパート、ハイテンポな上にかなりハードなテクニックを要するコード。
 「ギターをもう一台入れる」
 「だから何処にいるんだよ。これを弾ける奴が」
 「叔父貴に、絶対云わないと云う自信あるか?」
 「何か…嫌な予感がしてきた」

 十二月二十三日―――、天道吉良の墓の前に、久し振りに天道家一族全員が揃った。
 吉良の弟・天道リキ、吉良の三人の息子、長男・海、次男・空、そして末っ子の陸。今日は天道吉良の命日で、バンドの練習もなかった。
 「親父、俺たち必ずしも武道館に行くよ。皆で」
 海が手を合わせて語りかけ、持参した包みを開く。
 「海兄、何それ」
 「何って、稲荷寿司さ。お前、思いっきり馬鹿にしただろう?早起きして俺が作ったモノを」
 墓前に備えられた重箱の稲荷寿司、陸の顔は嫌そうに歪んだ。朝食に出されたまでは我慢出来る。お供え用に余ったモノは隣近所に配ったりしたが、まだ大量にある。その先が何処に行くか予想すれば、空も眉を寄せた。
 「そんなに作って。昼間までそれ食わせる気?嫌だからな。俺は絶対、ビックリドンキーのハンバーグ食ってやる!」
 「親父~、あの可愛いりっくんがこんな我が儘になってごめんなぁ~」
 「恥ずかしい事を言うな、馬鹿兄貴。特大ハンバーグを、奢らせてやる」
 おいおいと嘆く長兄に、陸は何度後ろからどつきたくなったか。いつもと変わらない、天道家の風景。
 「お前はお子様ランチじゃねぇの?外食と言ったら必ず食ってたじゃん?りっくん」
 「もう怒った!」
 逃げる海に、追いかける陸。見守るリキが空の隣で、苦しげに呟く。
 「俺は、まだ今度のライブ決行は納得していない」
 「納得したんじゃないのか?」
 「俺は、怖いんだよ。また何か起きそうで」
 「まったく、あんたがそんなに恐がりだとはな」
 「何処かの馬鹿が、そうさせているんでな。こいつと同じような事をする馬鹿野郎が」
 リキはそう言って、吉良の墓を見つめる。もうこの際、夢はどうでもいい。この幸せな時間が再び奪われるくらいなら、吉良も許してくれる。そう、まだ機会はいつだって―――。ではそれは、いつなのか?
 もう一人の己が問いかけて来るが、何も答えられなかったリキだった。その機会が本当に訪れるのか、それは一年後なのか、もっと先なのか、誰にも理解らないし、答えられない。
 
 その日の午後、天道家の電話が鳴った。
 「はい、天道ですけど」