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幻燈館殺人事件  前篇

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「柏原さん、有難うございました。もう結構ですよ」
「はい」
 花明が礼を言うと柏原はいつも通りの一礼を見せて、一歩下がった。その様子を見届けた後、花明は再び怜司へと向き直る。
「さて、怜司さん。部屋を訪れた代美さんがどのような格好だったか覚えていますか?」
「いつも通りの格好だ」
 長い柏原の証言が怜司には面白くもない事であったのか、苛々した様子でぶっきらぼうにそう告げる。
「いつも通りとは?」
「いつも通りの夜間着だ!」
 そんな怜司を恐れることなく、花明は疑問をぶつけると満足そうに頷いた。
「では小野田警部。代美さんが殺害されていた状況をもう一度教えて下さい」
「ふぅむ……」
 柏原や怜司との花明のやり取りに、やや腑に落ちないものを感じてはいたが、小野田は言われるがままに手帳を開いた。
「死因は正面からの一突き。寝台に寝かされた状態で発見され、部屋に争った形跡はなく、入口に鍵は掛けられていなかった。凶器の刃物は厨房の物で、料理長が別棟に戻った後は誰でも自由に持ち出せる状態だった」
「代美さんの着ていた服については?」
 花明のその質問に小野田は思わず言葉を失った。
「小野田警部、代美さんの服装は?」
 もう一度念を押すように問われ、小野田は低い声で手帳を読み上げた。
「……英国製の真っ赤な夜会服」
 小野田の証言に満足そうに頷くと、花明は皆にも再度確認するかのようにその顔を一通り見回した。
「真っ赤な夜会服。昨夜の会食に参加されていない小野田警部には分からないでしょうが、それは昨夜の会食時に代美さんが身に着けていた物と同じなのです」
「それがどうしたというのだ」
 居丈高に大河は顎をしゃくったが、花明は一歩も引かなかった。
「怜司さんは、夜間着でやって来て明け方には帰っていった、と言っています。では、代美さんはなぜ会食時の服を着た状態で殺害されているのでしょうか?」
 花明がそう放つと、その場にいた者全員が思わず静まり返った。返す言葉も原因も見当たらなかったのである。その反応に花明は手ごたえを感じると、己の疑問を再度ぶつける。
「代美さんは、本当に怜司さんの部屋に行ったのでしょうか?」
「君は怜司さんの部屋から出てくる代美さんを見たのだろう?」
「誰かが怜司さんの部屋から出て行ったことには間違いありません。怜司さんの呻くような声も僅かながら聞こえました。怜司さんの気分は優れないままであったのでしょう。怜司さんは確かに部屋にいたのです」
「話が見えんな」
 小野田警部は腕組をし、顔を顰める。
「昨夜、怜司さんの部屋に怜司さんの他にもう一人別の誰かがいたことを証明しているに過ぎませんよ」
「だから、代美さんだろう」
「顔を見たわけではありません。歩き回って目が慣れた後ではありましたが、はっきりと判別出来たわけではないのです。あくまでも可能性です。しかし、大河さんと代美さんを見間違えることはありませんし、千代ちゃんにしてもそうです。そして、私と一緒だった柏原さんも除外です。村上さんは男性ですから、服装や身長でわかります。他の使用人の方々は別棟にいました。しかし村上さんが上手く協力をすれば、本館に来られた可能性は捨てきれません。となると、私が見たのは、代美さんか蝶子さん、そして斎藤さんと狭山さん、その内の誰かという事です」
 花明が告げると、小野田警部が口を開く前に大河が横やりを入れる。
「代美が怜司の部屋を訪れていないというのは貴様の仮説だろう? 根も葉もない、単なる妄想ではないか! 妄想を元に話を進めて何になるというのだ。莫迦者が!」
「大河さん、確かにこれは僕の仮説です。しかしそれが単なる妄想かどうかは、あの日あの時、怜司さんの部屋から出てきた人物が誰であったのかを確かめれば分かることです」
「代美さん以外に誰が訪ねるというんだ? 確かめるまでも無い」
 と今度は小野田警部が言葉尻を捕えたが、しかし花明は堂々と自分の仮説を話しあげる。
「いいですか? 代美さんが昨夜の会食時の服装のまま殺害されていたという事実は変わりません。代美さんは、一度着替えて、怜司さんの部屋を訪れ、自室に戻った後、もう一度同じ服に着替えた――ということになります。しかし、もう一眠りするには十分な時間がありました。そして、どう贔屓目に見ても眠るための服装ではありませんし、代美さんがあんな早い時間から活動を始める習慣をお持ちだったとしても、前日と同じ服を選ぶでしょうか? 箪笥を開ければ幾らでも服があるというのに」
「代美さんが自分で着替えたのではない、と言いたいのかね」
「怜司さんの証言通りであれば、代美さんを殺害した犯人は、わざわざ着替えさせてから犯行に及んだ事になります。なぜそのような事をする必要があったのか、警部さんはお分かりになりますか?」
「いや。君は分かるのかね?」
「いいえ、分かりません。ですが、代美さんが一度も着替えていないとすれば、辻褄が合うのです」
「一度も?」
「昨夜の代美さんは、かなり酔いが回っていました。皆さんに確認していただければ分かります。ですから僕は、代美さんは部屋に帰るなりそのまま寝入ってしまったのではないかと考えています」
「待ちたまえ。それでは――」
小野田警部が何かを言おうとしたが、花明はそれを最後まで言わせなかった。
「怜司さんの部屋にいたのは代美さんではなかったのです。先程も言いましたが、大河さんと代美さんを見間違えることはありません。千代ちゃんも、私と一緒だった柏原さんも除外です。蝶子さん、あるいは何らかの形で別棟から斎藤さんと狭山さんが出てらしたのかもしれません。最もそれには村上さんの協力が必須ですが……」
 そこまで言うと状況を見守っていた怜司が反論する。
「おいおい。黙って聞いていれば、まるで俺が嘘を吐いているみたいじゃないか」
「そ、そうだ。怜司さんの証言はどうなる」
「怜司さんの部屋に誰かがいたのは間違いありません。しかし警部さん、事実と証言とに食い違いがある以上は、それを確かめないわけにはいかないでしょう?」
「……しかし、どうやって確かめる?」
「言い合っていても水掛問答にしかなりませんから、一つ実験を行わせて頂きたいのです」
「実験だと!? そんな時間稼ぎに付き合う必要はない!」
 実験という言葉に露骨に嫌な表情を見せ、大河が荒く吐き捨てる。その様子を目にしながらも、小野田警部は少しだけ思案に暮れた後、思い切ったように口を開いた。
「大河さん。もし犯人が代美さんを着替えさせたのであれば、代美さんを辱めた罪として暴行罪も加わることになります。犯人が憎いのであれば、より重い罰を与えるためにもご協力願います。ただし、彼がこれから行う実験とやらが事件解決の役に立つ成果を出せなかった場合は、代美さん殺害の犯人として即刻逮捕、連行致します」
 即逮捕という発言に少しだけ溜飲が下がったのか、大河は威圧的に「好きにしろ!」とだけ告げると、憎々しげに花明を睨んだ。
「では、少し準備をして参ります。皆さんはこのままお待ちください」
「逃げる気かもしれんぞ!」
 大河がまたも憎まれ口を叩くので、花明はいよいよ辟易した気分になったが、そんな花明の隣へと蝶子がつと進み出た。