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幻燈館殺人事件  前篇

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 怜司に見送られ廊下に出ると、柏原が待っていた。
「先程は失礼しました」
「いえ、柏原さんは何も悪くないですよ」
 優しく花明がそう言うと、柏原はほっとしたような表情を見せる。
「そう言えば、少し前に狭山が当主さまの部屋に食事を運んでいました。もしかしたら今でしたら、少しはお話を伺えるかもしれませんよ」
「それは有難い! 大河さんには聞きたい事が色々あります。早速行きましょう!」
 当主の部屋は怜司達の部屋の向かい側である。さすがに少し幻燈館に慣れてきた花明は、颯爽と歩きだした。

 再び大河の部屋の前へと戻った花明は、重い扉を少し遠慮がちに叩いた。
「失礼致します、花明です。少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
 返事を待つが中からは一向に入室を促す言葉は帰ってこない。
「大河さん、お話を伺いたいのですが」
 それでも挫けずにもう一度そう声を掛けると、誰かが扉へと近付いてくる気配がした。
「話を聞かせろと? 代美を殺した人間に何を話せと言うのだ」
 扉一枚を隔てた向こうに大河がいると思うと、花明の緊張感は否応なしに高まった。
「それは違います。ですから僕は僕自身で汚名を雪ごうとしているのです」
「ふん。口では何とでも言えるわ」
 大河は相変わらず部屋から出てこようとはしないが、話を聞く機会はそうそう訪れまいと、花明は食い下がった。
「……昨夜、代美さんが殺害された頃の事を伺ってもよろしいでしょうか?」
「貴様、警官でも無いのに何様のつもりだ? よもやこの九条家当主九条大河を疑っているのではあるまいな?」
「いえ、そのような事は」
「であれば答える必要はあるまい」
 大河の声は明らかに怒気を含み始めていたが、ここで引いていては何も得られないと花明は意を決し口を開く。
「……では質問を変えます。五年前の吉乃さまの事件についてですが」
「九条家の汚点を晒そうというのか?」
「……そういうわけではありません。私はただ」
「ええい! 忌々しい。そこを去れ!」
 今度こそ大河は憤慨した。しかし最早ここまで来てしまえば、どの道同じ事だと花明は更なる疑問を投げかける。
「最後に一つ! 一之瀬桜子という女性の事で何かご存じありませんか?」
「知らんわ! 莫迦者!」
 大河がそう言うと同時に室内からは何かが割れる音がした。その音に気を取られている内にも、大河の気配は既に部屋の奥へと去って行ってしまっている。
「ふぅ……怒らせてしまった。何かに当たられたようですが、怪我などしていないといいのですが」
「そう、ですね。食器を下げる際に気にして貰えるよう、狭山さんに伝えておきましょう」
「僕も丁度狭山さんに話しが聞きたいので、今から案内して頂いても宜しいですか?」
「畏まりました。狭山さんなら今はきっと庭掃除をしていると思いますわ」
 大河の部屋の前から立ち去る二人の背中越しに、九条家当主の嘆きの叫びが響いていた。