聖夜の女神様
にこにことしたお上品な笑顔。まるで子を見守る親のようだ。
私は視線を外してココアを飲んだ。
少し、落ち着かないと。
しかし、次の有栖先輩の一言で思わずココアを吹き出しそうになってしまった。
「晴斗のこと、好きでしょ」
優しい口調で的をを突いた一言。
吹き出しこそはしなかったものの、動揺せずにはいられなくて、無様にむせかえる始末。
「げほっ、げほっ。…せ、せんぱい?」
「あら……ビンゴ?」
どうしてだろう。
先輩の前では冷静でいることが出来ない。
あぁ、そういえば「彼」も有栖先輩にいつもやり込められてしまって、太刀打ちできないって嘆いてたような。今ならその気持ちが良く分かるかも。
とりあえず私はもう一度、心を落ち着かせるためにココアを飲んだ。
「やっぱりそうだったんだ…」
と、有栖先輩は感慨深そうに一人で呟き、頷いていた。
「先輩、一体何がそうだったんですか?」
もはや、口元をひくつかせて尋ねるしかない私。
「ん」
目の前の有栖先輩は、にやりと笑って話し始めた。
「晴斗の話を聞いてる限りでは、多分どっちかがどっちかのことを好きなんだろうな、って思ってたの。晴斗は晴斗で花ちゃんのことを良く話すし、花ちゃんは花ちゃんで献身的『過ぎる』面も多いしね。…でも、晴斗はそういうことに対しては馬鹿みたいに鈍感だから、もしかすると花ちゃんが…、とかって思ってたのよね」
ご名察。さすが全国模試で1位を通るだけの天才的な頭脳をお持ちの先輩だ。
その通り私の片思いですよ…。
でも、何故先輩はここまでして晴斗と私のことに干渉するのだろう。
そうやって晴斗と私の関係を詮索するということは、有栖先輩の方こそ「もしかすると」である。実際過去にもそういうことがあったワケだし。
だけど、先輩からはそんな感じがしてこない。不安とかが感じられない。
むしろ、先輩といると安心してくるのは何故だろう。優しいお姉さんみたいな感じがする。
「で、花ちゃん、話に戻るわよ」
有栖先輩はテーブルにバンッと両手を置いた。
私はどうやら上の空であったみたいだ。
「イブパーティの女神様役、引き受けてくれるよね」
ぐっと顔を近づけて期待の眼差しで私のことを見つめていらっしゃる有栖先輩。至近距離であることとえも知れぬ圧力で私は何も言えなかった。
「えっと、」
「女神様になれば、綺麗なドレスが着れるのよ!そして、その綺麗な姿を晴斗に見せたいと思わない?」
喋ろうとしたら、また遮られた。先輩のお願いは脅しの様である。何がなんでも快諾させようとする先輩の意志がびんびん伝わってくる。
「大丈夫よ。花ちゃんはスタイルも良くてかわいいから、ドレスもバッチリ似合うわ、絶対。晴斗だけじゃなく、世の男共全員を落とせるわ!女神様の魔力万歳よ!」
先輩、女神様ってそんな存在で良いんですか?
「あ、勉強のことも心配?花ちゃんが特進クラス目指していることぐらいしってるわ。勿論、晴斗情報よ。…大丈夫、私が教えてあげるから!ほら、解決」
ほら、解決、って先輩、私まだ何も言ってないんですけど。
「えっと、あとは何が邪魔かしら…」
先輩の勢いを見てると、私が断った所で何の意味もないような気がしてきた。この勢いでうまく丸め込まれてしまいそう。どうやら、私には女神様役から逃げる道はないのかもしれない。
「あ、ワイロとかって良くないけど、この際なら」
「先輩、もういいです」
と、私が言うと、有栖先輩の表情が一瞬にして固まった。
「花、ちゃん…、怒っ」
「怒ってませんよ」
今度は私が先輩の言葉を遮った。先輩はきょとんとして、私のことを見ている。
「いいですよ。やりましょう」
有栖先輩の表情が見る見るうちに明るくなっていく。そして、次の瞬間先輩はテーブルの上に乗っかって私に抱き着いてきた。
「ありがとう、ありがとう花ちゃん!さすが晴斗が見込んだ女!あぁ、もう花ちゃんってば大好き〜」
「ど、どーも…」
それから、数十分ほど有栖先輩の歓喜のハグが続いた。有栖先輩の喜びの悲鳴に、周りの人達の視線が集まる。あぁ、周りの人達の視線の冷たいことといったら、言葉にも出来やしない!私は数十分の間、とんでもなく恥ずかしい思いをした。
これが、私と有栖先輩の出会いであった。