俺のフォルダだけは見せられない!
「……なんだこれ」
地面にフォルダーが落ちていた。
といっても、店で売られているようなものではなく
パソコンの画面に出てくるような無機質なフォルダ。
思わず拾おうと手を伸ばした瞬間。
「わ……うわぁ!!」
フォルダに吸い込まれ、
気が付けばジャングルの奥地に立っていた。
「さっきまで都会の中心だったのに……。
いったいどうして!?」
すると、奥から部族……ではなく
普通の人間がやってきた。
「おや、僕のフォルダ世界に人が来るなんて。
ようこそ、ここは野鳥の生態系が息づく最高の楽園さ」
「はぁ……」
いや、野鳥なんかはどうでもいいけど。
「まあ、楽しんでくれ。
ここには絶滅した鳥たちを思う存分感じられるよ」
だからどうでもいいって。
男から得た情報は知りたくもない野鳥の知識と、
ここが現実世界ではなくフォルダ世界第一階層だということ。
「見てごらん、第二階層に行くためのフォルダはあるだろう?」
ジャングルに似つかわしくないフォルダが地面に落ちている。
それは、俺が最初に見つけたものと同じだ。
「よく見ると、フォルダにも名前があるんですね」
「そうとも。ってあれ?
"野鳥の神秘"っているフォルダ名を見て
この世界にやってきたんじゃないの!?」
俺は男を放って、『酒』とだけ書かれたフォルダに入った。
ジャングルから一転、強い酒のにおいがあたりを覆った。
「ガハハハハ! よう、兄弟!
ここは酒好きのための楽園だ!
まあ、鳥のことについて語りながら
焼き鳥でも食おうや! 鳥だけに! ガハハハ!!」
フォルダ第二階層の世界は酒。
でも、第一階層が鳥だったので同じ趣味の世界なんだろう。
「あの、あなたはどうやってこの世界を?」
「ワハハハ! お前さん、そんなことも知らんのか!
地面に手をついたことすらないのか?」
「地面に手を?」
男の言われるがままに、地面に手をつくと
『新しいフォルダー』という名前のフォルダがぽんと現れた。
「ガッハハハ! そこがお前さんのフォルダだ。
第三階層だから、マニアックなものになるだろうなぁ」
男の説明はよくわかんなかったが、
俺が作った新しいフォルダーの中に入ってみると
あたり一面が真っ白に包まれた殺風景な世界に落ちた。
どうしていいかわからないでいると、
別の人間が俺のフォルダ世界にやってきた。
「どうもはじめまして。
第二階層の酒フォルダに、
見慣れないフォルダがあったからやってきたけど……。
もしかして、フォルダ世界は初めてかい?」
「え、ああ、まあ」
「そうか、それじゃあ僕がいろいろ教えてあげるよ。
ようこそ、自分だけの世界へ」
・
・
・
フォルダ世界を操作するのは簡単だった。
写真をフォルダ世界に入れれば、その世界観になる。
野鳥の写真を入れれば野鳥の世界になるし、
酒を入れれば酒のフォルダ世界になる。
フォルダ世界からの戻り方も教えてもらって、
第1階層:野鳥フォルダから脱出し、
現実世界に『俺』フォルダーを新たに作った。
「ここが君のフォルダだ。
マニアックな趣味の人と交流したければ
階層を増やして奥で待っているといい」
なるほど。
野鳥>酒>電車 とフォルダ世界を経由させれば
電車フォルダ世界に来るような人は
野鳥が好きな酒好きの電車ツウというわけだ。
なにこれ楽しすぎ。
男と別れた後も、俺はフォルダ世界を自分色に染めまくった。
まるで子供のころの秘密基地づくりにも似た楽しさ。
けれど、家で待っていたのは妻の怒号だった。
「こんな遅くまでどこへ行っていたの!
介護も私にまかせっきりで!」
「ああ、わかったよ……」
「なによその返事!
あまたっていつもそう!
面倒なことは私にばかり押し付けて!」
「だったらお前の食ってる飯は誰が稼いでるんだよ!
平日必死に働いて休日も働けってか!!」
「私だって平日も家事と介護で働いているわよ!!」
「うるさいっ!!」
家から飛び出して、俺はフォルダ世界へと逃げ込んだ。
いつから自宅はあんなにも息が詰まるようになった。
「せめてここだけは、俺の楽園にしてやる」
俺はいくつものフォルダを深い階層に作った。
誰にもバレないよう奥深くの階層に。
「ふふふ、ここまで深い階層に潜るやつもいるまい。
ようし、ここは俺だけの最低で最高な楽園を……あっ!」
その作業で気が付いた。
気が付いてしまった。
自分の自宅から居心地の良さを取り戻す悪魔の方法を。
俺は『俺』フォルダに、新しいフォルダ世界を作った。
フォルダ名は『ごみ』。
※ ※ ※
「珍しいじゃない。あなたが一緒に出掛けようなんて。
それに両親も誘うなんて。なにかあるの?」
「ずっと、家に閉じ込められてたら息が詰まるだろう?」
俺は家族サービスとして妻と親を連れて外に出た。
「ねぇ、あなた。あそこに何か落ちているわ」
「なんだろうな。拾ってみてよ」
妻は俺が作った『ごみ』フォルダに触れてフォルダ世界に入った。
すぐに介護の必要な両親もフォルダ世界へと送った。
現実に戻る方法は簡単だが、
最初の時はすぐに戻ることなんてできやしない。
俺はフォルダの前に手をかざした。
「圧縮!!」
俺の一声でフォルダにはチャックがついて封がなされた。
これでもう戻ることはできない。
俺は安心して家に帰って安息の時間を満喫した。
テレビをつけながらゴロゴロしても怒られない。
お菓子ばかり食べても文句を言われない。
便座を上げっぱなしにしてもたたかれない。
「最高だ! 一人暮らしサイコー!」
嬉しさをかみしめていると、
旅番組を映していたテレビが急に切り替わった。
『番組の途中ですが、緊急告知です。
現在、空に謎の青いフィルターが世界を飲み込んでいます。
近くにお住いの形はすぐに避難してください』
テレビには半透明の青いフィルターが広がっていくのが見えた。
その場所は……。
「俺の近所じゃねぇか!!」
俺は慌てて車に乗り込んで爆速で飛ばす。
けれど、すでに青いフィルターは空を覆い尽くすほど広がっている。
なんだ。
あれに覆われたらどうなるというんだ。
「うあああ! ダメだ! 間に合わない!!」
同じことを考える人間が多かったのか道は渋滞。
青いフィルターはどんどん迫ってくる。
人生の走馬灯が見えて、最後に妻の笑顔が浮かんだ。
「ああ、これも天罰か……さようなら……」
青いフィルターが俺の頭上を覆った。
そして、すぐに消えた。
「あれ? なにも起きないの?」
俺は死ぬこともなくピンピンしていた。
なんだったんださっきのクライマックス感。
周りの人も安心したのか歓声をあげていた。
「やれやれ、人騒がせな。
フォルダ世界に戻ってアレでもするか」
俺は鼻の下を伸ばしながら家路についた。
そして、青いフィルターが何をしたのか知った。
「……ない! ない! フォルダ世界がない!」
俺が作っていたはずのフォルダ世界も、
地面にフォルダーが落ちていた。
といっても、店で売られているようなものではなく
パソコンの画面に出てくるような無機質なフォルダ。
思わず拾おうと手を伸ばした瞬間。
「わ……うわぁ!!」
フォルダに吸い込まれ、
気が付けばジャングルの奥地に立っていた。
「さっきまで都会の中心だったのに……。
いったいどうして!?」
すると、奥から部族……ではなく
普通の人間がやってきた。
「おや、僕のフォルダ世界に人が来るなんて。
ようこそ、ここは野鳥の生態系が息づく最高の楽園さ」
「はぁ……」
いや、野鳥なんかはどうでもいいけど。
「まあ、楽しんでくれ。
ここには絶滅した鳥たちを思う存分感じられるよ」
だからどうでもいいって。
男から得た情報は知りたくもない野鳥の知識と、
ここが現実世界ではなくフォルダ世界第一階層だということ。
「見てごらん、第二階層に行くためのフォルダはあるだろう?」
ジャングルに似つかわしくないフォルダが地面に落ちている。
それは、俺が最初に見つけたものと同じだ。
「よく見ると、フォルダにも名前があるんですね」
「そうとも。ってあれ?
"野鳥の神秘"っているフォルダ名を見て
この世界にやってきたんじゃないの!?」
俺は男を放って、『酒』とだけ書かれたフォルダに入った。
ジャングルから一転、強い酒のにおいがあたりを覆った。
「ガハハハハ! よう、兄弟!
ここは酒好きのための楽園だ!
まあ、鳥のことについて語りながら
焼き鳥でも食おうや! 鳥だけに! ガハハハ!!」
フォルダ第二階層の世界は酒。
でも、第一階層が鳥だったので同じ趣味の世界なんだろう。
「あの、あなたはどうやってこの世界を?」
「ワハハハ! お前さん、そんなことも知らんのか!
地面に手をついたことすらないのか?」
「地面に手を?」
男の言われるがままに、地面に手をつくと
『新しいフォルダー』という名前のフォルダがぽんと現れた。
「ガッハハハ! そこがお前さんのフォルダだ。
第三階層だから、マニアックなものになるだろうなぁ」
男の説明はよくわかんなかったが、
俺が作った新しいフォルダーの中に入ってみると
あたり一面が真っ白に包まれた殺風景な世界に落ちた。
どうしていいかわからないでいると、
別の人間が俺のフォルダ世界にやってきた。
「どうもはじめまして。
第二階層の酒フォルダに、
見慣れないフォルダがあったからやってきたけど……。
もしかして、フォルダ世界は初めてかい?」
「え、ああ、まあ」
「そうか、それじゃあ僕がいろいろ教えてあげるよ。
ようこそ、自分だけの世界へ」
・
・
・
フォルダ世界を操作するのは簡単だった。
写真をフォルダ世界に入れれば、その世界観になる。
野鳥の写真を入れれば野鳥の世界になるし、
酒を入れれば酒のフォルダ世界になる。
フォルダ世界からの戻り方も教えてもらって、
第1階層:野鳥フォルダから脱出し、
現実世界に『俺』フォルダーを新たに作った。
「ここが君のフォルダだ。
マニアックな趣味の人と交流したければ
階層を増やして奥で待っているといい」
なるほど。
野鳥>酒>電車 とフォルダ世界を経由させれば
電車フォルダ世界に来るような人は
野鳥が好きな酒好きの電車ツウというわけだ。
なにこれ楽しすぎ。
男と別れた後も、俺はフォルダ世界を自分色に染めまくった。
まるで子供のころの秘密基地づくりにも似た楽しさ。
けれど、家で待っていたのは妻の怒号だった。
「こんな遅くまでどこへ行っていたの!
介護も私にまかせっきりで!」
「ああ、わかったよ……」
「なによその返事!
あまたっていつもそう!
面倒なことは私にばかり押し付けて!」
「だったらお前の食ってる飯は誰が稼いでるんだよ!
平日必死に働いて休日も働けってか!!」
「私だって平日も家事と介護で働いているわよ!!」
「うるさいっ!!」
家から飛び出して、俺はフォルダ世界へと逃げ込んだ。
いつから自宅はあんなにも息が詰まるようになった。
「せめてここだけは、俺の楽園にしてやる」
俺はいくつものフォルダを深い階層に作った。
誰にもバレないよう奥深くの階層に。
「ふふふ、ここまで深い階層に潜るやつもいるまい。
ようし、ここは俺だけの最低で最高な楽園を……あっ!」
その作業で気が付いた。
気が付いてしまった。
自分の自宅から居心地の良さを取り戻す悪魔の方法を。
俺は『俺』フォルダに、新しいフォルダ世界を作った。
フォルダ名は『ごみ』。
※ ※ ※
「珍しいじゃない。あなたが一緒に出掛けようなんて。
それに両親も誘うなんて。なにかあるの?」
「ずっと、家に閉じ込められてたら息が詰まるだろう?」
俺は家族サービスとして妻と親を連れて外に出た。
「ねぇ、あなた。あそこに何か落ちているわ」
「なんだろうな。拾ってみてよ」
妻は俺が作った『ごみ』フォルダに触れてフォルダ世界に入った。
すぐに介護の必要な両親もフォルダ世界へと送った。
現実に戻る方法は簡単だが、
最初の時はすぐに戻ることなんてできやしない。
俺はフォルダの前に手をかざした。
「圧縮!!」
俺の一声でフォルダにはチャックがついて封がなされた。
これでもう戻ることはできない。
俺は安心して家に帰って安息の時間を満喫した。
テレビをつけながらゴロゴロしても怒られない。
お菓子ばかり食べても文句を言われない。
便座を上げっぱなしにしてもたたかれない。
「最高だ! 一人暮らしサイコー!」
嬉しさをかみしめていると、
旅番組を映していたテレビが急に切り替わった。
『番組の途中ですが、緊急告知です。
現在、空に謎の青いフィルターが世界を飲み込んでいます。
近くにお住いの形はすぐに避難してください』
テレビには半透明の青いフィルターが広がっていくのが見えた。
その場所は……。
「俺の近所じゃねぇか!!」
俺は慌てて車に乗り込んで爆速で飛ばす。
けれど、すでに青いフィルターは空を覆い尽くすほど広がっている。
なんだ。
あれに覆われたらどうなるというんだ。
「うあああ! ダメだ! 間に合わない!!」
同じことを考える人間が多かったのか道は渋滞。
青いフィルターはどんどん迫ってくる。
人生の走馬灯が見えて、最後に妻の笑顔が浮かんだ。
「ああ、これも天罰か……さようなら……」
青いフィルターが俺の頭上を覆った。
そして、すぐに消えた。
「あれ? なにも起きないの?」
俺は死ぬこともなくピンピンしていた。
なんだったんださっきのクライマックス感。
周りの人も安心したのか歓声をあげていた。
「やれやれ、人騒がせな。
フォルダ世界に戻ってアレでもするか」
俺は鼻の下を伸ばしながら家路についた。
そして、青いフィルターが何をしたのか知った。
「……ない! ない! フォルダ世界がない!」
俺が作っていたはずのフォルダ世界も、
作品名:俺のフォルダだけは見せられない! 作家名:かなりえずき