最後の歴史図書館へ
依頼者はおじいさんだった。
「君が人の歴史図書館を作ってくれる司書さんだね。
実はワシの図書館も作って欲しんじゃよ。
金は貯金があるから大丈夫じゃ」
「はい、お任せください」
老人は病室の窓から見える大きな歴史図書館を指さした。
「あそこまで大規模ではないにせよ、
できれば、ワシの歴史をきちんと所蔵してほしいんじゃ」
「では、記憶を確認します」
司書は老人の頭の中から、
本人も忘れているような記憶まで確認する。
「この量の歴史だと、
図書館完成までにかなり時間かかりそうですね」
「かまわない。仮に完成前に死んでしまってもいいと思っている」
「そんな弱気なことを言ってはダメです」
「いいんじゃよ。ワシの体はもう限界に近い。
ストレスを感じると簡単に死んでしまうほどじゃ。
といって、病室に閉じ込められて自分が消えていくのも辛い」
老人はこれまでの人生を振り返るようにため息をつく。
「ワシの生きた証をどうにか図書館に残してほしい」
それから司書は図書館づくりを始めた。
おじいさんの体に刻み付けられている記憶を取り出しては、
図書館に収めていく単調で大量の作業。
どうしても完成したものを見せたいという気持ちが、
司書をより仕事へと励ませた。
「これって……」
その過程で司書は気付いてしまった。
数日後、司書は図書館づくりを中断しておじいさんのもとへ。
「おや、図書館は完成したのかな?」
「いいえ、まだです。
それよりおじいさん、あなたは……」
その態度におじいさんは観念したように打ち明けた。
「そう、お前の父親じゃよ」
おじいさんの歴史をなぞりたどるうちに、
まだ自分が生まれる前に失踪した父親ということに気付いてしまった。
「ワシの若いころは無責任でバカなことをしすぎた。
それを恥の歴史として、贖罪として残しておきたかったんじゃ」
「お父さん……」
「でも、そんなのは自己満足に過ぎないんじゃな。
それにもう、図書館を残すこともできなくなった」
「……それはどういうことですか?」
「前に金はあるといったじゃろ?
その資金がもうなくなったんじゃよ」
司書は父親の記憶をたどると、
自分のほかにもいる隠し子が財産を持ち逃げしていた。
「ありがとう。
形に残らなくても、こうして心に残ったのだからいい。
ワシのような人間の図書館なんて最初からふさわしくなかったんじゃよ」
本当は「そんなことない」と詰め寄り、
これまでたどってきた歴史の素晴らしい点を話したかった。
けれど、語気を強くしてストレスを与えては
父親の体に間違いなく悪影響を与えることがわかりきっていた。
「……そうですか」
結局、司書はだまって病室を去った。
それから、数週間後。
「おや? また君かい。
ワシの図書館づくりは頓挫したはずじゃよ?」
もう完全に仕事という縁が切れているにもかかわらず、
司書は老人の病室を訪れた。
「はい、あなたの図書館づくりは完全に終わりました」
「だったらワシに用なんてないじゃないか?」
「いいえ、あれを見てください」
司書は病室の窓から見える大きな図書館を指さした。
「ああ、あれは知っておるよ。
大きな歴史図書館じゃな、いったい何が収められているのか」
「あれは、私の歴史図書館なんですよ」
司書の言葉に老人はぎょっとした。
「たくさんの人の歴史に触れた、その歴史を収めています。
あなたの歴史図書館づくりは確かに終わりました。
でも、あなたの歴史は、私の図書館に収められています」
司書の言葉に老人は涙を流した。
「本当か……それは本当かぃ……!
ワシのような人間の……生きた証を残してくれているのかぃ」
「私にとってはかけがえのない父親ですから。
どうです? 今から私の歴史図書館に行きませんか?」
「ああ、ああ行くとも!」
二人は専属看護師を連れて、司書の歴史図書館へ向かった。
図書館はとてもきれいで、解放感のあるつくりをしていた。
まさに誰かの歴史を振り返るには最高の環境。
父親は嬉しくなってひとりで図書館を突き進んだ。
しかし、すぐに戻ってきた。
「はて? おかしいぞ?
ワシの歴史どころか、どこにも本なんてないじゃないか。
あるのはどこも休憩スペースばかりだ」
「いえいえ、ちゃんとあるじゃないですか」
司書は図書館備え付けのスマホを渡した。
「いまどき、紙で残すわけないじゃないですか。
火事で焼失したら元も子もないですしね」
「えっ」
「それじゃあそこのケンサクエンジンから
ドロップしたコンテクストをサーチして、
リードをコピーすると歴史が読めるように……お父さん!?」
父親は急に崩れ落ちた。
看護師がすぐに確認に向かう。
「ダメです! ストレスで完全に死んでいます!!」