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関西夫夫 台風

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そろそろ台風も終わりの季節やが、えらいどでかいのが最終便でやってくるらしい。晩飯を食ってたら、せやせや、と、俺の亭主が言い出した。
「俺、台風が接近して注意報が出たら、役場で待機やねん。」
「は? 」
「せやから、なんかあったら対応せんとあかんから、課内から一人か二人はおらなあかんねんけど、今回は当たってもうた。夜の部で当たったんで帰られへんかもしれへん。」
 まあ、役場なので道路が崩れたとか水が出たら対応せなあかんらしい。別に台風は何時間かのことやから夜勤も一晩のことや。はいはい、と、俺は頷いて、ごはんにお茶をかける。今夜は焼きナスにエビのあんかけしたさっぱりしたおかずと刺身やったんで、エビのあんとナスをメシの上の乗せたった。これは、あっさりしてうまいと思う。それも食い尽くしたので、黄色のおこうこうで、メシを流し込む。
「もうちょっと寂しいわーん、とかないけ? 水都。」
「ないやろ? たかだか、一晩やろ? 」
「でも、そのまま朝から出勤やから一泊分逢わへんねけど? 」
「さびしいわー、かなしいわー、だーりん。」
「心のないご意見、おおきに。おまえのほうは、どーなんや? 」
「うちは・・・・直撃やったら早仕舞いして帰ることになるんちゃうかな。まあ、もしかしたら精算は、俺がせなあかんかもしれへんけど。」
 いつもは各店舗の売り上げやらの日報は、関西支部の事務所の人間が纏めて、俺に上げてくれることになってるが、もしかしたら、社員も早めに帰らせるとなると、精算すんのは俺と東川さんになるかもしれへん。昔は、やってた仕事やからできるので、それほど大変ではない。多少、時間はかかるかもしれへんけど。
「さよか。」
「直撃時間に帰宅になったら、ちょっと事務所におる。過ぎたら電車も動くやろ。」
「あかんかったら近くのホテルにでも避難したらええ。」
「いや、俺の仕事場に立派なソファがあるから、寝るのは問題ない。・・・・ホテルて・・・そんなもったいない。」
 来客用の立派な応接セットがあるので、いつも昼寝に使ってる。そこで寝れば、ぐっすりや。メシは外の自販機で缶コーヒーでも買おておいたら問題なしや。テレビもあるしワイシャツくらいは替えがあるから、一日二日なら寝泊りしてもええ。そう説明すると、わかった、と、俺の亭主は月見団子を食い終わった。うちのハイツは二階やから浸水することもない。まあ風で屋根が飛んだらあかんかもしれへんけどさ。


 翌日、出勤したら幹部会議での話題も台風やった。どの程度で店を閉めるかという問題で、暴風雨が大したことない場合は、逆に暇つぶしの人間がやってくるから微妙なことになる。その場合は、店は開けたままで稼ぐのが基本だ。
「その日の状態によって閉店するか考えるしかないな。」
「直撃でなければ、閉店時間までやってもええやろ。そういうことで、連絡を回しといてくれるか? みっちゃん。」
「わかった。・・・・もし、直撃したら、俺が残って精算とか日報はやるわ。あんたらも帰ってくれてええで。」
 と、俺が言うたら、おっさんらは、へ? という顔になった。普段は、過保護な亭主がいるから、そんなことはできないと知ってるからや。いやいやと左手を横に振って俺が説明する。
「俺の旦那、その日は夜勤が当たったんや。せやから、帰らんでもええねん。最悪、終電までに通り過ぎへんかったら事務所に泊るさかい。」
「それなら、俺も泊ろうか? 」
「いや、東川さんは先に帰って。家のほうが心配やろ? 翌日のほうを頼むわ。うちは二階やから浸水もないし、ひとりやったら、どこでも一緒や。」
 ひとりなので、どこで寝ても問題はない。ということはやな、と、嘉藤さんが停電した場合を考えて道具は用意するか、と、言い出した。
「一晩やのに? 」
「停電したら電気使われへんやろ? クーラーなしで密閉空間やど? たぶん、ガスも止まるから、お湯もあらへん。おまえは、どうせメシも食わへんやろーが水分は補給せなならん。そこいらのことや。」
「ペットボトルと保冷剤ってとこか? 」
「せや、そこいらだけは準備しとこ。わしが、コンビニで買おてくるから。」
 嘉藤さんは、サバイバルが好きなのか、買出しをしてくるという。最悪、電気とガスが止まるかもしれへんが、そこまでのことはないやろうと、俺は高を括っとったわけや。


 当日、出勤前に俺の亭主はニュースを見て、「こら、あかんわ。泊まり確定や。」 と、おっしゃった。見事なまでに予報円は直撃コースどんぴしゃりやったからや。まあ、俺のほうは亭主がおらんのやったら無理して帰ることもないから泊まりのつもりで出社した。どうせ上陸するのは夕方であろうから、それまでは通常営業になる。いつも通りに前日の日報やら精算やらをチェックしてデータを本社のサーバーに送るまでで、午前中が終わる。そろそろ雨が降り出したが、大したことはない。昼飯はコンビニのおにぎりで、ニュースを眺めつつ食べた。九州からのコースなら、ここに到達するまでに威力は軽減するのだが、生憎と太平洋からやってくる。威力そのままで上陸することも確定だ。
「どうやろ? 」
「直撃になるな、これは。・・・さて、コース次第で支店ごとにクローズ時間を考えんとあかんぞ、みっちゃん。」
「南から順に時間早めに閉めるってことか? 嘉藤さん。」
「そうなるやろ。まあ、支店から閉店は報告してくるやろうから、うちは待機でええ。」
 幹部連中とメシを食いつつ打ち合わせして、午後からの仕事に入る。とはいうても、かなりの雨で売り上げは上がらんらしい。三時ごろから南部の支店から徐々に閉店の報告が入ってくる。風雨が激しくなって客が少なくなった支店から閉店する。ここも自宅が遠いものから順次、帰宅させていくので、ここも女子社員から帰宅させることにした。
「東川さん、とりあえず先に帰って。俺、泊るから。・・・・そろそろ、電車があかんよーになりそーや。」
 ニュースでは徐々に電車も止まっていくニュースが出ている。そろそろ、ここも閉店時間となったらしい。残ってるのは幹部だけで、すでに薄暗くなりつつある。嘉藤と佐味田は、寮に住んでいてクルマがあるから、問題があるのは電車通勤の東川ということになる。そして、東川は家族がある。水都が声をかけると東川も席を立つ。仕事のほうはひと段落ついている。
「わかった。ほな、わしは一足先に帰らせてもらうわ。」
「明日の朝は俺が仕切るさかい。午後からゆっくり出てきて。たぶん、交通網もガタガタやで。」
「せやろな。みっちゃんと入れ替わるよって、午後から帰りや。」
「わかってる。佐味田のおっちゃんと嘉藤さんも帰って。もう、おっても仕事にならんから。」
「おう、ほな帰らせてもらうわ。」
「みっちゃん、冷凍庫にアイスノン。冷蔵庫に水が入ってるからな。クーラー切れたら、それで凌ぐんやで? 」
「はいはい。お疲れさん。」
作品名:関西夫夫 台風 作家名:篠義