一杯の水・ライジング
武志が船の後ろに回り、ジェットをふかした。
目の前には川を隔てる堤防。
そこに生えた雑草をなぎ倒してのぼり、堤防上の散歩道へ滑り込んだ!
ザッパーン!
あまりに勢いが強すぎて、水がはじけた!
やばい! 急いで下に水を集中させないと!
川の水は汚いと言われるが、今回は気にならなかった。
一番きれい好きそうなモルガンさえ、興奮して笑っていた。
なんだ、かわいい顔もできるじゃないか。
川下り&道下りもそろそろ終わり。
もうすぐ海だ。
そしたら旅の始まりである商店街ももうすぐ。
「あ、誰かかけて来るよ」
武志が気付いた。
ほんとだ、俺たちの後から何人も駆けてくる。
俺たちを見に来たのかな?
手を振ってみる。
ところが、その人たちはこっちには目もくれず、商店街へ行ってしまった。
ウウー!ウゥ ウウー!ウゥ
目の前の道路に、パトカーがサイレンを鳴らしてやって来た。
まさか、捕まる!?
一瞬、みんなが身構えるのがわかった。
と思ったら、そのまま通り過ぎた。
「な、何だぁ? 」
拍子抜けして、思わず間抜けな声が出た。
あのパトカーも、走る人たちも、商店街へ向かっているようだ。
それも、さっきの喫茶店の方に。
「お前が悪いんだー! 」
「違う! お前が悪いんだー!! 」
な、何だ、これは。
つい、さっきまでいた喫茶店が、恐怖で噴火したような怒声に包まれていた。
窓ガラスが何枚も割られている。
並んでいたバイクは倒れ、ハンドルは曲がったりミラーが割れていた。
暴れているのは、店にいた客たち。
それをパトカーと警官たち、そして心配そうに見つめる人々が取り囲んでいた。
「てっ店長!! 」
そう叫んで武志が駆けだした。
その先では、警官と暴れる客が格闘していた。
客の手に光る物が見えた。
あれは、ナイフ!?
バチッ !
稲妻のような音とともに、ナイフが地に落ちた。
料理では使うはずのない、分厚くて長い奴だ。
ジェットの噴射、その目もくらむ速さから放たれた武志の掌が、サバイバルナイフを叩き落とした。
「ギャー! 」
客はナイフを持っていた手をおさえて、もんどりうって倒れた。
骨は折れたかもしれないが、我慢しろ。
武志は無力化した暴徒を警官に渡すと、店に飛び込んだ。
「店長! どこですか!? 」
乱闘はまだ続いている。
「ぎゃあああ!!! 」
「きゃあああ!!! 」
2人の男女が悲鳴を上げながら逃げ惑っていた。
さっき、俺と武志を追いかけながら争っていた2人だ。
その2人を追うのは、柄が1メートルはある箒をもつ、知らない青年だ。
「そこで土下座しろ!! 」
鬼のような形相で箒を二人の頭に叩きつけた。
男女はその迫力に押され、青年に向き直って、熱いアスファルトの上に土下座した。
青年は獣がかぶりつくように二人に詰め寄ると、男の頭を踏みつけ、女の長い髪を引っ張り上げた!
「よくも偉そうな主義主張で、俺様のバイクを壊したな!
お前らのような奴はお仕置きだ! 」
そう言って、箒を振り上げる!
俺は手で握っていた水のロープを引いた。
「モルガン! ヴィヴィアンは君が使いな」
水のロープからの指示を受け、氷の船がやって来た。
「分かりました」
あいつの目は、暴徒達をまっすぐ見据えていた。
その横顔は、ものすごくハンサムだ。
船の中から薔薇の蔦が伸び、花は4本足のモンスターになる。
「行くぞ! 」
船底についた水の層を、ぐるぐると回転させることで、路上を走らせる。
水のキャタピラだ。
土下座と箒の3人へ向かわせ、ぶつかる直前で水の層を跳ね上げる。
船は上下が逆転し、3人を飲み込んだ。
そのまま警官が多く居るところまで滑らせていき、船を再び跳ね上げた。
あたりを警官に囲まれた客は、あっという間につかまり、ようやくおとなしくなった。
さあ、次を捕獲だ!
「まどろっこしいですね」
モルガンがつぶやいた。
空から、赤い花弁が舞い降りた。
ひらひら ひらひら
それも大量に、暑い夏の日が陰るほど。
商店街の上に、バラの枝が何本も伸びていた。
モルガンが手を付けたヴィヴィアンからの物だ。
花弁は風にも関係なく暴れる客に張り付いた。
はがそうとしても、さらに多くの花弁が手足を、顔を覆っていく。
「眠りなさい」
そう彼女がつぶやいただけで、客はバタバタと倒れていった。
倒れた者から花弁ははがれていく。
能力の提供が止まった薔薇の大樹は、霞のように消えてしまい、モルガンの手に普通サイズの花が残った。
暴徒達は眠り続ける。
花弁が大量にまきついているため、ケガはなさそうだ。
「まったく、とんでもない奴らだな」
俺はそう言って、捕まる暴徒達を侮蔑の視線で見送った。
「店長、大丈夫ですか? 」
武志が、店から店長と一緒に出てきた。
「ああ、怪我はない」
体にケガはないようだが、明らかに気を落としている。
「わたしは40年間、この店で喧嘩を起こしたことがない。
20年前の異能力者発生現象が起きてからもそうだった。
それがこんなことで……おしまいだ……」
店長は、そうつぶやくと警官隊の指揮官に駆け寄った。
「あの、彼らを罰しないでくれませんか?
彼らは、熱射病になっただけなんです」
店長は店が壊された悲しみよりも、客への思いやりを優先していた。
なんて人だ。
警官も、そのことは分かっていただろう。
だが、客がしたことを考えれば、それはできない。
結局、暴れた客はパトカーに乗せられ、連れて行かれた。
店長は、悲しげな表情でそれを見送った。
「……店長、店を止めるとか、言わないで下さいよ」
武志が声をかけた。
「今回のことで店長を悪く言う人なんて、いませんよ。
むしろ責任があるなら僕の方です。
ここにはもう来ません」
そう言って立ち去ろうとする武志を、店長は呼び止めた。
「いや、君がやめる必要は無い! 私もやめるつもりはない!
さっきも言ったとおり、これは熱射病によるものだ。
彼らが言い争いを始めた時、私は彼らを店の外に追い出した。
それが原因になったのは事実だ。
これからは、夏の暑さから人々を守るような経営をしなくては。
だが、どうすれば……」
その時、俺の頭に一つのアイディアが浮かんだ。
「あの、店長。よかったら俺に、軒先を貸していただけませんか? 」
あの時の店長の顔は、数日後に思い出したら吹き出してしまいそうなほど、不思議そうな表情だった。
知り合いにプロスキーヤーがいるんだ。
その人が言うには、市販のスポーツドリンクを水で半分に薄めた物が、体にいちばん吸収されやすい物なんだそうだ。
それを作って格安で売る。
同時に、普通の1杯分で2杯売る。
その2杯目を道行く人にあげれば、キャッシュバックする。
その売れ行きを調べるんです。
熱射病も防げるし、今は観光客でいっぱいだ。
アンケートをすれば、全国レベルのデータだって集められる!
店長は、了承してくれた。
でも、これで夏休みはつぶれそうだな。
作品名:一杯の水・ライジング 作家名:リューガ