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一杯の水・ライジング

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 俺が怒っていると、蔦の一本が山の中に伸びていった。
 その先には人間大のつぼみがついており、それが開くと真っ赤な花が咲いた。
 あれは、バラか?
「悪いですね」
 静かだが、怒りを込めた声。
 ダムの上の歩道は、山の中を散策する道へ繋がっていた。
 木陰にいたそいつは、開いたバラの花に乗ってやって来る。
 華やかな身のこなし、というのかな。
 そいつの体型は痩せ型だが、武志の見た目のように運動嫌いが小食でそうなった感じじゃない。
 何というか、無駄なく引き締まった刀、レイピアみたいな感じだ。
 そのくせ胸は大きい。
 高い鼻にきりりととがった顎。
 モルガン・ローズ。
 こいつもクラスメートで、バラを操る能力者。
 ヒーローとしての名は無い。
 いかなる遺伝子か、与えられた能力による作用か。
 銀色の髪とこの真夏日にも関わらず雪のような白い肌。
 目は右が赤で左が青のオッドアイ。

 ちなみに俺は、目も髪も黒。
 肌は焼けた黄色。
 軽肥満。
 ……恥ずかしい。
 モルガンはルルディという異世界からやって来た留学生だが、同じ異能力者でこうも違うのか。

「ここは夏休み前から、私が研究のために使っていました。
 氷を作ると薔薇が弱ります」
 俺たちの前に降り立ったモルガンは、そう言いながら蔦から下りて近づいた。
 そいつが乗っていた太い蔦から、今度は普通サイズの枝が伸びる。
 そして、普通サイズの赤いバラが咲いた。
 モルガンはそれを手織り、俺に差し出す。
「どうか、お引き取りを」
 相変わらずキザな奴だ。
「約1万字の短編小説が、お前のセリフで半分超えたぞ
 よそに行けるわけがないだろ」
 それでもモルガンはクールな表情を崩さない。
 かっこうは水色の作業着と帽子、それに長靴。
 しかも、ところどころ土汚れがついている。
 ダムの作業員と言っても通じそうだな。
「このダムのあちら側は、私のホームステイ先の土地なのです」
 あいつは自分がやって来た山を指さした。
「松の木が多いでしょ? 秋にはマツタケが出ます」
 それは楽しみだな。
「ですが、この夏の暑さでは、マツタケの菌が死滅する恐れが出てきたのです」
 それは心配だな。
「この薔薇は、ヴィヴィアンと言います」
 アーサー王に聖剣エクスカリバーを授け、騎士ランスロットを育てたという湖の精霊か。
 いい名前を付けるじゃないか。
 この時代、この程度の教養がないと異世界とは話ができない。
 時にアーサー王やランスロット本人がいる世界に出くわすこともある。
 そう言えば、モルガンもアーサー王伝説の登場人物だな。
 まさか……いや、苗字が違うな。
「わたしは、ヴィヴィアンの根から山へ水分を送り込み、それを凍らせることで、山の地温……地面の熱を冷やす研究を行ってきました。
 そうすれば、マツタケの菌が死ぬのを防げると考えたのです」
 こいつのホームステイ先は、一家で林業の会社をやってる。
 生活かかってんだな……。
 まてよ。
「氷で地温を下げる? そんな能力を持つバラなんかあるのか? 」
「以前、あなたが凍らせた氷を保存していました。それに使われた細胞から能力をコピーしました」
「へえ、そんなこともできるんだ」
 一般に、ルルディの異能力者は俺たち地球の異能力者より多くの能力を扱える。
「パクリじゃないか」
 俺たち、異能力者の能力は、新技術としてとても価値がある。
 それを工業化するためには、とんでもない複雑な手続きと、とんでもない使用料を払わなくてはならない。
 そのための法律もある。
 
 ミーンミンミンミン

 しかし、この暑いなぁ。
 こいつと証拠物件のヴィヴィアンを警察署まで連れて行くのは、嫌だなぁ。
「よーし! 」
 突然、武志が決意の雄たけびを上げた。
「とりあえず遊ぼう! 」
 これぞ救いの声!
 彼こそ英雄!

 パイクリートというものをご存じだろうか。
 氷におがくずを混ぜることで作られる複合材料で、通常の氷より解けにくく、丈夫だ。
 第二次世界大戦中のイギリスで、氷山で巨大な空母を作ろうという計画があった。
 その立案者である発明家、ジェフリー・パイクが発明した。
「混ぜるのは古新聞でもいいんだけどな」
 一番近くにあるモルガンの家から持ってきた。
 湖面へはヴィヴィアンの蔦で降り、そのまま足場にする。
 湖面に新聞紙を広げては俺が凍らせる。
 まず、畳ほどの大きさの灰色の氷ができた。
 それをヴィヴィアンの蔦で支え、新しく作ったパイクリートの板を凍らせてつなげる。
 船の形になってきた。
「涼しくなってきた! 」
 武志が喜ぶが、サイボーグが夏の暑さでばてるのって、どうだろう。
 生身では、この氷に座るのは冷たすぎるな。
「薔薇の花びらの上にのれば、いいでしょう」
 モルガンが蔦の上で乗っていた、あれか。
 一輪のせてみると、何ともファンタジーな出来になった。
 でも乗り込んでみるとつめたくないし、いい感じだ。
 氷の船は、すでに軽自動車くらいの大きさになっていた。
「よし! これで川下りしよう! 」
 船の回りに俺がちょいちょいッと加工すれば。
 岩場でも安心、分厚い水で包まれた。
「水のクッションだ。勢いよく滑るぞ! 」
 さっきモルガンからもらった普通サイズのバラは、胸ポケットに入ったままだ。
 そのバラを船首につける。
 船首旗の代わりだ。
「氷山の一角ってよく言うけど、すごく浮いてるね」
 武志が嬉しそうに驚いた。
「それだけ、うまくできたという事でしょう」
 モルガンも、嬉しそうだ。
「出港! 」
 堰の口から飛び出した。
 降りる間、武志のジェットが頼みだ。
 そして、川下りがはじまる。
 ああ、薔薇の香りと冷気、そして風を切る爽快感!
 さっそく急カーブだ。
 俺は船に取り付けた水をジョイスティック風に固めて握ってる。
 舵のつもりだったが、無理だ。
 川が浅すぎる!

「ブレーキは僕か! 」
 武志があわてて前に出てジェットをふかした。
 がんばれよー。
 武志がふかすたびに、熱気が迫る。
 あいつのジェットエンジンは強いエネルギーを持った光、レーザーを鏡で反射させ続けることで空気を爆発させる。
 燃料を使うジェットエンジンと違い、煤が出ないのはいいな。
 
 川を下るたびに、山に張り付くように立った家が、ぽつぽつから徐々に増えてくる。
 川が長い間に蛇行を繰り返し、地面を均してきた平地が広がるからだ。
 田んぼも川沿いにどうにかして造られた物から、大きなものに変わる。
 風になびく緑の田んぼは、見るからに生きる希望! って感じで好きだ。

 スピードは自転車とそう変わりないはずで、それなりに時間がかかったはずだ。
 でも、楽しい時間はほんとにあっという間だね。
「ここまで来ると、川幅も広く、穏やかです。
 そこの河川敷から陸に上がりませんか? 」
 以外にも、モルガンが妙案を思いついた。
 もっと堅苦しい奴だと思ってたんだが。
 俺は意識を、パイクリートの船体に集中した。
「周りの水を分厚くして、粘度を上げれば、陸に上がっても大丈夫そうだ」
「よーし! 行くぞ! 」
作品名:一杯の水・ライジング 作家名:リューガ