満月ディナーショー
少女の面影を残しながらも、大人の雰囲気をまとった彼女が、アコーステックギターを抱えてやって来る!
その隣を歩くのは、インディーズのアルバムで抱きしめられていた男性だ。
眼鏡をかけた、どちらかというと地味な人だ。
達美との対比を狙ったのだろうか。
彼の衣装は、黒の燕尾服に白い蝶ネクタイ。
「こんばんは。あなたが咲ちゃんね」
咲には信じられなかった。
CDそのままの声で、自分を呼び、握手を求めている!
「こんばんは。今夜は招待に応じてくれて、ありがとう」
武志もあいさつした。
咲の脳裏に、少し未来の彼らがキッチンにいる姿が思い描かれた。
猫柄のエプロンをつけた達美。
赤ちゃんを抱く武志。
赤ちゃんは大きな赤い猫だった。
いや、そんなはずはない。
「は、初めまして。今夜は、お招きいただきありがとうございます」
咲は、両親がしてくれたことを思った。
きっと、新しいアルバムならEメールによる通信販売のはず。
その時に、今回のショック療法について相談したに違いない。
でなければ、だれがゲストか分からないという満月ディナーショーに招待されるわけがない!
そうか、相手が猫の格好で来るから、私も猫の服を!
咲は、両親と真脇夫妻に感謝した。
達美を見る目が尊敬で見開かれる。
自分が愛する、強さのシンボルがそこにいる!
達美は楽しげに話しかけてきた。
「あなた、お茶や生け花や、ピアノも習ってるんですって?
すごいわ。私も生まれてくる子に習わせたい」
達美に褒められ、咲はすっかり恐縮してしまった。
「そんな、人にお見せするほどの物ではありません……」
そんな咲に、達美は誇らしげに話しだした。
「わたしは彼と、そしてこれから生まれる赤ちゃんはね、未来を作ってるの。
音楽が人を救えるなら、その幅を押し広げたいの。
それじゃあ、楽しんでいってね! 」
夫婦と胎児が舞台についたころ、オードブルが運ばれてきた。
暖かなゴルゴンゾーラのムースと鴨の燻製、それにリンゴのコンフィ添え。
音楽は、静かなバラードから始まった。
アイドル時代の曲の一つで、オフィスラブを扱った有名なドラマの主題歌だ。
武志のピアノから始まる。
柔らかな彼の音色を、咲は気に入った。
やがて達美のギターのリズムが重なる。
おなかの赤ちゃんとで2人分の力が出るのか、その歌声は伸びやかに広がっていった。
途中トークを挟んで、およそ3時間。
フランス料理のフルコースも、最後のコーヒーとビスケットの時間になった。
曲も、あと一曲。 その時に、達美が話しかけてきた。
「実はね、これから歌うPrecious Warriorはね、タケ君が考えてくれた、おばけアドベンチャーのテーマソングなのよ。聴いてみる? 」
おばけアドベンチャー!
それを聞いた時、咲の脳裏に幼い日、達美のことを知った日を思い出した。
子供に大人気の、何年も続くファンタジーバトル系アニメシリーズ。
咲はそのファンの第一世代で、達美に魅了されたのは、その主題歌を歌っていたからだ。
「はい! ぜひ聴かせてください! 」
咲は即答した。
ピアノとギターの旋律が、一気に熱さと迫力を加速させた。
咲には不思議だった。
アイドル時代に比べて、人数も楽器の数も大きく違う。
それなのに、どうやってあの頃より迫力のある曲ができるのか?
そうか。これが音楽の幅を押し広げるという事!!
今を突き動かす歌声が
彼と彼女を突き放す
だけど切れない赤い糸
まだ視線は交わらない
謎に迷う世界 街の中
歩きつかれた 彼を呼ぶ大声
彼女の歌は、流れ星のように
誇りと力を一つにして
滅びが怖くても 目を見開いて
耳を 澄ませて 探すことがある
今を突き動かす歌声が
彼と彼女を突き放す
だけど切れない赤い糸
信じるよ
My Precious Warrior
赤い灯(ともしび) 「機能してない」
その一言が 止められない悪夢
彼と彼女を、つないだ歌声が
世界を停滞させた
それでも彼は
赤い糸を 守りたい
謎が生まれるとしても
彼を突き動かす歌声は
愛と欲望の間にある
それを誰かが奪いにくる
二人だけが知る 場所を
明日は
My Precious Warrior
僕が赤い糸を知ったのは
月が闇から浮かぶように
君を見つけられたから
今を突き動かす歌声が
僕と君を突き放す
だけど切れない赤い糸
僕と君をつないでくれる
信じるよ
My Precious Warrior
咲は、すっかり興奮して頬を赤くさせてしまった。
「それでは、これより質問タイムとさせていただきます! 咲ちゃん! いかがですか?! 」
そう武志に言われた咲は勢いよく手を挙げた。
「あの、お願いがあるのですが……よろしいですか? 」
そう言って差し出された手には、Precious WarriorのCDアルバムが、しっかりと握られている。
「? 何? サイン? 」
「はい! お願いします! 」
アルバムを受け取った達美は、武志に向き直った。
武志が黒いマジックペンを持ってやってきて、二人はアルバムにサインを描いた。
「おなか、さわってみる? 」
達美が言うのは、彼女の膨らんだおなかのことだ。
咲は、興奮しながら、中にいる赤ちゃんを傷つけないように、恐る恐る手を伸ばす。
思ったより、硬い。
「ありがとうございます! それと、もう一つお願いがあるのですが……」
咲は恥ずかしさがあるのか、おずおずとアルバムの表紙をしめした。
表紙には、あの椅子に座り、武志に膝を預ける達美の姿が。
「あの、この写真と同じ格好をしていただけませんか? 」
今度は、達美がドギドキする番だ。
えーと意味にない言葉を吐きながら、達美は真っ赤な顔で武志の方を見て、人差し指をつんつん合わせている。
「じゃあ、やる? 」
それを見た武志も、顔が赤くなっていた。
夜の海は、今も月の光を受けてキラキラと輝いていた。
舞台の上で達美はギターを置き、『せっかくだから』と店側が持ってきた高級そうなアンティークのイスに座った。
そして武志が彼女の前に跪き、その膝に手を置き、太ももに頭を預けた。
その上から、達美の大きな、3つの優しいふくらみが……。
咲のスマホについたカメラのフラッシュがたかれた。
他の客も、感嘆の声を上げる人、ともに写真を撮る人、様々だ。
「ところで、義和? 」
咲の母が夫に困惑の声をかけた。
「ちょっと、長い気がするな」
夫の言うとうり、これから子供を迎える夫婦は、フラッシュがたかれなくなっても、そのまま抱き合い続けた。
咲は、それを見てこれまでに感じたことのない快感を味わった。