満月ディナーショー
夜の岬。
岬の向こうには真っ白く輝く満月があり、波打つ海をキラキラと輝かせていた。
波の音だけが激しくこだまする。
岬の上に、壁面がすべてガラス張りで、瓦屋根の大きな建物がある。
中からはオレンジ色の暖かな光が漏れ、フローリングの床には白いテーブルクロスをかけられたテーブルが幾つも並んでいた。
暖かい、その席に着いた人々からは笑い声が絶えない。
海辺の高級レストランだ。
岬の先端に近い場所は一段高くなっており、大きなグランドピアノがある。
海をバックにするステージだ。
そのステージに、いちばん近い席にウエイターに案内された、3人の親子連れがやって来た。
肩幅のがっちりした夫は、クラッシックな濃紺の2つボタンスーツと、茶色の革靴で決めている。
銀縁のメガネと腕時計がアクセント。
いかにも一張羅を着たという感じで、恐る恐る歩いている。
妻も、またそうだ。
夫の服に合わせ、スマートな体型によく似合う、濃い青のワンピース。
裾がアシンメトリーで、それは海の波を思わせた。
それにレース入りのジャケットをまとい、左胸にはラメ入りレースの花飾り。
首からかかるのは銀の鎖に小さなブルーダイヤをあしらったネックレス。
ヒールが高めのパンプスと、ショルダーバッグは刺繍の入った白だ。
黒髪を後頭部で結わえている。
両親に続くのは、高校生の女の子。
脇下までかかるストレートな黒髪と、それに飾られた黒い大きな瞳。
白い肌の、ほっそりとした面持ち。
テーブルに置かれたナプキンを両親のタイミングに合わせて取り、二つ折りにして輪の部分を手前にして膝に置いた。
これだけでも、良く躾けられたことがわかる。
一方その服装は、よく言えば自己主張が激しい。
悪く言えば空気を読んでいない。
なにしろ、全身猫なのだ。
黒地に猫のアップリケをたくさん張ったプルオーバー。
白いパンツの裾にも左右に1匹ずつ、白猫と黒猫がいる。
シューズは白に花柄。
バッグも白で、すかし柄の花柄だ。
だが、その表情には自信がない。
彼女自身は、両親に合わせた服装をするつもりだった。
だが、両親に無理やり着せられたのだ。
料理を待ちながらも、少女は不安だった。
このような席を設ける心当たりがないからだ。
昔見た、アニメの1シーンが思い出される。
突然、失敗しても怒らなくなった両親を、自分が養子に出される前触れではないかと勘繰る主人公の話だ。
それは誤解だったわけだが。
「もう、暖房が必要な季節なのね」
「昼間は真夏日でも、もう10月だからな。ここは海風もある」
両親の穏やかな会話。
よかった、二人の機嫌は良いようだ。
三人が席に着くと、すぐにアミューズが出された。
『料理ができるまで、お楽しみください』という意味で出される、小さな料理やお菓子。
今回は小さなリンゴパイだった。
両親ともに、それを美味そうに食べる。
だが少女、篠山 咲にとっては、質問のタイムリミットが迫っているように感じられて仕方がなかった。
「あの、ふがいないことで恥ずかしのだけど……」
思い切って、聞くことにした。
「今回の食事は、何の記念なの? 私には、まるで心当たりがないのだけど……」
それを聞いて、篠山夫妻は互いを見合わせた。
「雪江。先に渡した方がいいかな? 」
「そうね。咲が不安になるならね」
そう言って母親は、バッグから小さな包装紙とリボンで包まれた小さな箱を取り出した。
「開けてみて」
咲は固まった。
「それって、どうやって……」
普段なら絶対に許されない行為。
結局、膝のナプキンの上で静かに開いた。
包装紙などは後でバックに入れる。
「これは……! 」
出てきたのは、CDアルバム。
コンサート会場で大観衆を前に、エレキギターを抱えた女の子が歌っている。
その女の子の髪は赤く、猫のような耳が上に突き出している。
腰から生えるのは赤くフワフワな毛のしっぽ。
真脇 達美と言って、一昔前の人気アイドル歌手だ。
両親に捨てられたはずのCDなのに。
もう一枚は、咲の知らないアルバムだった。
先ほどのソング集で中心に居た少女が猫耳としっぽを外し、20歳ぐらいに成長した姿で写っている。
彼女は穏やかな日差しを受けて海辺の草原にいた。
そして椅子に座り、その膝に知らない男性の頭を預け、上から抱きしめていた。
タイトルには「Precious Warrior 真脇 達美&武志」とあった。
背表紙もない、うすい紙のケース。ビニールも張っていない。
インディーズで出されたアルバムのようだ。
「お前には、済まないことをしたと思っている」
父が語りだした。
「パパたちは、その真脇 達美という歌手のことを、男とのスキャンダルと暴力事件を起こして首になった芸能人。としてしか見ていなかった。
だが、お前から取り上げたCDを見つけられないよう、会社で捨てようとした時、見ていた部下に言われたんだ。
その男というのは、真脇 達美のデビュー前から付き合っていた恋人で、彼女がデビューしてから、なかなか会えなかった。
そんな2人が久しぶりに会ったコンサートで手を握り合ってしまった。
それを理由に他のファンからリンチを受けそうになる。
襲ってきたファンにとっては、許しがたい行為に思えたのだろうな。
それを止めさせようと真脇 達美は舞台を飛び下り、乱闘になった。
完全な正当防衛だと言うのだ」
「だから、これは私たちからのお詫びの品よ」
と、母が引き継いだ。
「そして、お祝いでもあるの。あなたが、自分の好きな曲を選べる大人になってくれたことへの。
でも、不安もできたわ。
あなた、私たちがCDを取り上げる時、何も抵抗しなかったでしょ? 」
「……うん」
責められたように顔を伏せた咲。
目上の人に逆らってはいけない。
それも、これまでに躾けられてきたことだ。
それを見て両親は、さらに済まなさそうになった。
父が、穏やかに言った。
「そこで、お前に一つのショック療法を思いついた」
その時、店内の照明が落ちた。同時に店内放送からアナウンスが流れた。
『皆様、長らくお待たせいたしました。
本日は当店の満月ディナーショーにお越しいただき、誠にありがとうございます。
本日のゲストは、アイドル界の頂点に立ち、今はインディーズで活躍する人気歌手、真脇 達美さん! 』
スポットライトが入口を照らした。
『その達美さんを支える優しい旦那様、武志さん。そしてまだ名前の無い、おなかの中のおチビちゃん。
以上の三方です』
咲はスポットライトの先を見ると、アッと息をのんだ。
自分たちの方へ歩んで来るのは、赤い髪と猫耳。腰から伸びたフワフワのしっぽ。
真脇 達美その人だ!
今夜の衣装は、黒いへそ出しレザー。
脇下までのコート。
左足を付け根まで見せたパンツ。 ジャングルブーツ。
アイドル時代より明らかに大きくなった胸を、胸元までしか隠さないチューブトップはワインレッド。
その下のおなかは大きく膨らんでいる。
岬の向こうには真っ白く輝く満月があり、波打つ海をキラキラと輝かせていた。
波の音だけが激しくこだまする。
岬の上に、壁面がすべてガラス張りで、瓦屋根の大きな建物がある。
中からはオレンジ色の暖かな光が漏れ、フローリングの床には白いテーブルクロスをかけられたテーブルが幾つも並んでいた。
暖かい、その席に着いた人々からは笑い声が絶えない。
海辺の高級レストランだ。
岬の先端に近い場所は一段高くなっており、大きなグランドピアノがある。
海をバックにするステージだ。
そのステージに、いちばん近い席にウエイターに案内された、3人の親子連れがやって来た。
肩幅のがっちりした夫は、クラッシックな濃紺の2つボタンスーツと、茶色の革靴で決めている。
銀縁のメガネと腕時計がアクセント。
いかにも一張羅を着たという感じで、恐る恐る歩いている。
妻も、またそうだ。
夫の服に合わせ、スマートな体型によく似合う、濃い青のワンピース。
裾がアシンメトリーで、それは海の波を思わせた。
それにレース入りのジャケットをまとい、左胸にはラメ入りレースの花飾り。
首からかかるのは銀の鎖に小さなブルーダイヤをあしらったネックレス。
ヒールが高めのパンプスと、ショルダーバッグは刺繍の入った白だ。
黒髪を後頭部で結わえている。
両親に続くのは、高校生の女の子。
脇下までかかるストレートな黒髪と、それに飾られた黒い大きな瞳。
白い肌の、ほっそりとした面持ち。
テーブルに置かれたナプキンを両親のタイミングに合わせて取り、二つ折りにして輪の部分を手前にして膝に置いた。
これだけでも、良く躾けられたことがわかる。
一方その服装は、よく言えば自己主張が激しい。
悪く言えば空気を読んでいない。
なにしろ、全身猫なのだ。
黒地に猫のアップリケをたくさん張ったプルオーバー。
白いパンツの裾にも左右に1匹ずつ、白猫と黒猫がいる。
シューズは白に花柄。
バッグも白で、すかし柄の花柄だ。
だが、その表情には自信がない。
彼女自身は、両親に合わせた服装をするつもりだった。
だが、両親に無理やり着せられたのだ。
料理を待ちながらも、少女は不安だった。
このような席を設ける心当たりがないからだ。
昔見た、アニメの1シーンが思い出される。
突然、失敗しても怒らなくなった両親を、自分が養子に出される前触れではないかと勘繰る主人公の話だ。
それは誤解だったわけだが。
「もう、暖房が必要な季節なのね」
「昼間は真夏日でも、もう10月だからな。ここは海風もある」
両親の穏やかな会話。
よかった、二人の機嫌は良いようだ。
三人が席に着くと、すぐにアミューズが出された。
『料理ができるまで、お楽しみください』という意味で出される、小さな料理やお菓子。
今回は小さなリンゴパイだった。
両親ともに、それを美味そうに食べる。
だが少女、篠山 咲にとっては、質問のタイムリミットが迫っているように感じられて仕方がなかった。
「あの、ふがいないことで恥ずかしのだけど……」
思い切って、聞くことにした。
「今回の食事は、何の記念なの? 私には、まるで心当たりがないのだけど……」
それを聞いて、篠山夫妻は互いを見合わせた。
「雪江。先に渡した方がいいかな? 」
「そうね。咲が不安になるならね」
そう言って母親は、バッグから小さな包装紙とリボンで包まれた小さな箱を取り出した。
「開けてみて」
咲は固まった。
「それって、どうやって……」
普段なら絶対に許されない行為。
結局、膝のナプキンの上で静かに開いた。
包装紙などは後でバックに入れる。
「これは……! 」
出てきたのは、CDアルバム。
コンサート会場で大観衆を前に、エレキギターを抱えた女の子が歌っている。
その女の子の髪は赤く、猫のような耳が上に突き出している。
腰から生えるのは赤くフワフワな毛のしっぽ。
真脇 達美と言って、一昔前の人気アイドル歌手だ。
両親に捨てられたはずのCDなのに。
もう一枚は、咲の知らないアルバムだった。
先ほどのソング集で中心に居た少女が猫耳としっぽを外し、20歳ぐらいに成長した姿で写っている。
彼女は穏やかな日差しを受けて海辺の草原にいた。
そして椅子に座り、その膝に知らない男性の頭を預け、上から抱きしめていた。
タイトルには「Precious Warrior 真脇 達美&武志」とあった。
背表紙もない、うすい紙のケース。ビニールも張っていない。
インディーズで出されたアルバムのようだ。
「お前には、済まないことをしたと思っている」
父が語りだした。
「パパたちは、その真脇 達美という歌手のことを、男とのスキャンダルと暴力事件を起こして首になった芸能人。としてしか見ていなかった。
だが、お前から取り上げたCDを見つけられないよう、会社で捨てようとした時、見ていた部下に言われたんだ。
その男というのは、真脇 達美のデビュー前から付き合っていた恋人で、彼女がデビューしてから、なかなか会えなかった。
そんな2人が久しぶりに会ったコンサートで手を握り合ってしまった。
それを理由に他のファンからリンチを受けそうになる。
襲ってきたファンにとっては、許しがたい行為に思えたのだろうな。
それを止めさせようと真脇 達美は舞台を飛び下り、乱闘になった。
完全な正当防衛だと言うのだ」
「だから、これは私たちからのお詫びの品よ」
と、母が引き継いだ。
「そして、お祝いでもあるの。あなたが、自分の好きな曲を選べる大人になってくれたことへの。
でも、不安もできたわ。
あなた、私たちがCDを取り上げる時、何も抵抗しなかったでしょ? 」
「……うん」
責められたように顔を伏せた咲。
目上の人に逆らってはいけない。
それも、これまでに躾けられてきたことだ。
それを見て両親は、さらに済まなさそうになった。
父が、穏やかに言った。
「そこで、お前に一つのショック療法を思いついた」
その時、店内の照明が落ちた。同時に店内放送からアナウンスが流れた。
『皆様、長らくお待たせいたしました。
本日は当店の満月ディナーショーにお越しいただき、誠にありがとうございます。
本日のゲストは、アイドル界の頂点に立ち、今はインディーズで活躍する人気歌手、真脇 達美さん! 』
スポットライトが入口を照らした。
『その達美さんを支える優しい旦那様、武志さん。そしてまだ名前の無い、おなかの中のおチビちゃん。
以上の三方です』
咲はスポットライトの先を見ると、アッと息をのんだ。
自分たちの方へ歩んで来るのは、赤い髪と猫耳。腰から伸びたフワフワのしっぽ。
真脇 達美その人だ!
今夜の衣装は、黒いへそ出しレザー。
脇下までのコート。
左足を付け根まで見せたパンツ。 ジャングルブーツ。
アイドル時代より明らかに大きくなった胸を、胸元までしか隠さないチューブトップはワインレッド。
その下のおなかは大きく膨らんでいる。