意味を持たない言葉たちを繋ぎ止めるための掌編
ゲバルト
「ある男と、その男の恋人がいた。学生運動が盛んな時代だ。最も攻撃的で、最も暴力的な時代だった。ファッション感覚で運動に参加する者もいたが、俺が通っていた大学は運動が過激だった。でも、俺は興味をもてなかった。いわゆる、ノンポリというやつだ。政治に対して関心がなかったというわけではない。そのときの俺には、つまり何もかもに関心がもてなかったんだ。でも、あるとき女の子と出会った。その子は、学生運動に参加していた。俺がたまたまセクト同士の衝突に巻き込まれたときに、彼女が助けてくれたんだ。そして、彼女と気がついたら同棲するようになっていた。彼女はひどく強そうに見えたが、とても孤独で、寂しい人間だった。俺のような存在にも頼らなければいけないくらいに、そのとき弱っていたんだ。俺もたいして運動には興味がなかったが、彼女と一緒にいたくて、運動に参加することになった。けれど、ある日知ることになる。その子が実はセクトのリーダーの恋人だったということに。彼女はそれを隠していた。俺が彼女に問い詰めると、ごめんなさい、とだけ言った。そして、そのことがリーダーの耳に伝わった。リーダーはひどく憤慨した。殴られるくらいなら、別に構わないと思っていた。けれど、リーダーは部屋の抽斗から黒光りする無機質な物体を出して俺に向けた。拳銃だ。そして、それをためらうこともなく、引き金を引いた。瞬間、俺の左瞳にとてつもない熱さが襲った。その瞬間、俺のなかでなにかが弾けた。自分でも信じられないくらいの怒りが体中に広がっていき、気がついたときには、リーダーから拳銃を取り上げ、彼を押し倒し、馬乗りになっていた。彼は左眼から血を流す俺を見つめていた。彼の瞳は恐怖に満ちていた。そして、俺は全弾を放った。もちろん、彼を撃ったんじゃない。部屋の窓ガラスに向けて撃ったんだ。凄まじい音が部屋中をこだました。弾が無くなると、俺はその拳銃を割れた窓ガラスから外へと放り投げた。そして、俺はその場所で気を失った。俺を病院に運んでくれたのは彼だった。あとから訊いてわかったことなんだが、彼は拳銃に弾が込められていることを知らなかったらしい。セクトの幹部らがいたずらで弾を入れていたということだった。つまり、彼は俺を脅す気だったんだ。ただそれだけだったんだ。俺が病院で目を覚ますと、彼は俺の前でひたすらに謝った。俺は構わないと言った。俺の方も悪いのだ、と言った。そのあと、彼女が現れて、私はあなたが好きなの、と言った。ひどい女だと思った。けれども、俺はどうすればいいのか分からなかった。俺も彼女のことが好きだったから。あるとき、リーダーが車にはねられて死んだ。周りは、事故だとか、自殺だとか噂したけれど、俺は事故だと思っている。あいつは自ら死ぬわけがない。そんなことをしない男、というわけじゃない。彼にはそれほどの勇気はないはずなんだ。彼も実はひどく孤独で、弱い人間だった。しばらくしてから、彼女も死んだ。セクト同士の激しい衝突のとき、溢れるような人垣が倒れて、それに押しつぶされて死んだんだ。仲間と敵が入り混じった、よくわからない存在に押しつぶされて死んだ。虚しくないか? 結局のところ、大学で出会い、唯一親しくなった二人とは、二度と会うことができなくなった。そして、俺は一人ぼっちになった。なんともくだらない、バッド・エンドで、退屈な話だろう?」
作品名:意味を持たない言葉たちを繋ぎ止めるための掌編 作家名:篠谷未義