純愛
不確かなのだけれど心が揺れる
雨が降り出した。風も有りガラスに吹き付ける雨は、祐二の心のなかに入ろうとする。この雨は多分裕子の所でも降っているはずだ。同じようにガラスに叩きつけるように降っているのだろう。
まだ祐二は裕子の顔を知らない。裕子も祐二の顔を知るはずがない。それでいて2人は心を魅かれて行くのを感じていた。
祐二は裕子の手紙で彼女の全てを知った様に感じていた。
瞼を閉じればいつのころから浮かんで来たのかは解らないが、いつも決まった女性の顔が浮かんで来た。
裕子は一人身であるが、祐二には妻子がいた。祐二の経済力からすれば、裕子を幸せにする事は出来るが、祐二は妻や子を不幸にさせたくはなかった。
裕子の手紙は、逢いたいと書かれることが多くなっていた。
祐二が新幹線を東京で下りようとして、電車の席の間を歩いていると、座席に手紙が置き忘れてあった。祐二はその手紙を手に取り、見るとまだ消印が押されていなかった。
このままポストに投函すれば良いのだが、あるいは駅員に渡せば良かったのだが、封筒がもまれてしわが付いていたので、差出人に送ろうと考えた。
祐二は家に帰ると、大きめの封筒に手紙を入れ、ひと言書き添えて速達で差出人に送った。
それから、祐二と裕子の文通が始まった。
今はメールがあるが、祐二は妻には内緒にしたかった。メールよりは会社宛で届く手紙の方が安全であった。会社は祐二が経営していた。
裕子が置き忘れた手紙は、お見合いの返事であった。
裕子は婚期を過ぎてしまい、相手は子持ちの男性であった。公務員であり、条件は悪くはないと思っていた。しかし、好みのタイプではなかった。裕子が婚期を逃したのも、好きになれる男性を求めていたからであった。裕子は身長は168センチ、バスケットの社会人倶楽部で活躍した事があり、引き締まった体であった。
お見合い相手はすでに下腹が出ていた。
送り返された手紙に裕子は送り主の優しい心遣いを感じた。
「封筒がしわになっているので投函出来ませんでした」
裕子は時々ドアを叩く音が聞こえる。
「祐二さんですか」
そんな言葉が漏れるほど、裕子の心は祐二に傾いていた。
祐二に妻子がいることを知ってからも、裕子の気持ちは変わらなかった。
あれほど容姿にこだわり続けた裕子であったが、まだ一度も顔を見た事もないのに、裕子は祐二の顔を既に見た様な気持ちになっていた。
雨音はお互いの心を叩くかのように止む事はなかった。
この雨はお互いが決して結ばれないことを知っていたのかもしれない。
裕子の涙が祐二の心を打ちつけているのだろうか。