目的地まで
前編
柔らかい風に吹かれ、どこまでも広がる草原。そのほぼ中央に、草原を二分するように道が通っている。
その道を、1人の女が歩いていた。彼女の名はヒロタナツハ。その顔つきには、迷いがなかった。彼女は、目の前に続く道を黙って一歩一歩進んでいた。
歩き続けていると、後ろから別の足音が聞こえた。ナツハは立ち止まり、後ろを振り向くと、そこには1人の男がいた。彼の名はサカイヤスキ。
ヤスキとナツハは、視線が合うや否や軽い会釈をした。しかしその直後、ヤスキは口を開いた。
「君の顔、どっかで見たことあるよ」
彼の言葉を聞いて、ナツハは当然困惑した。
「えっ……ごめんなさい、私はあなたに会ったことがないわ」
彼女の言葉を聞いても、彼はあえて自分のことを語らなかった。
「……いいんだ。君と俺とはもともと、直接の接点はないんだから」
ヤスキの相変わらず妙な発言に、ナツハは首をかしげたが、この男を悪い人ではないと判断し、再び優しい顔で話しかけた。
「あなた、この長い道を1人で歩くのはさびしいでしょう。せっかくだから、一緒に歩きましょう」
今度はヤスキが驚いて、ナツハの顔を見た。彼女は黙ってこくりとうなずいた。彼の涙腺は緩みかけたが、彼は必死でこらえ、軽く深呼吸をしてから
「ああ」
と言いながら軽くうなずくと、彼女のそばまで来た。そして2人は再び歩き出した。
しばらく2人で歩いているにもかかわらず、どういうわけか、両者とも自分の名前や住んでいる場所、職業すら言わなかった。
それでも2人の間に険悪なムードは全くなかった。それどころか、彼らは安心したような顔をしている。