君の唄
ゆっくりと皺の刻まれた瞼を持ち上げると、暗闇に浮き上がる白い肌に長い黒髪。その真ん中に赤く揺れる瞳を見つけた。
白い部分の少ない赤い瞳からは、大粒の涙が次々に零れ落ちては少女の胸や髪を濡らしている。
「君はいつ見ても変わらないね…僕は随分年をとったかな…」
少女は答える事は無く、静かに老人を見つめている。
その零れ落ちる雫を震える指先が拭っても、少女は泣き止む事は無い。
「約束だよリリィ…守ってくれるんだろう?」
皺枯れた老人の声に、一瞬顔を顰めた様に見えたが、きっと目の錯覚かもしれない。
老人の視界は酷くぼやけていて、もうあまり物が良く見えないのだ。
微笑む老人の傍に寄り、床に座り込んだ少女の長い黒髪が波を打って広がる。
そして彼女は小さいけれど澄んだ声で歌い始めた。
不思議な旋律の、どこか懐かしくさえある、異国の言葉で綴られた子守唄を。
老人はその歌声を、満足そうに聴きながら眠りに就いた。
こうして彼女の本来の名前を知る事を望み、自らの最後には会いたいと言い、そしてその時には歌を歌って欲しいと願った唯一の人間がその生涯を閉じた。
彼はもう知る事は出来ない。
「エリック…貴方まで私を置いていかないで…」
少女の深い哀しみを…。
発表2006.06.27
修正2007.09.14