「恋愛病院 不倫病棟」 第八回
「先生、様子を見てきました。彼女はやつれていました。がんの進行はステージ4に入っていると言われたようです。当面抗がん剤の投与とその後の手術らしいのですが、それまで何かアドバイスしてあげられるようなことはありますか?」
「そうでしたか。専門外の私が話すこともこともないのですが、最近の研究で解っていることで一つお話しできることがあります。
それは食事のことです。ガンになるとあまり食べないほうが良いと言われていました。ところが正常細胞は少ないブドウ糖でたくさんのエネルギーを作る働きをしていますが、がん細胞は多くのブドウ糖でエネルギーを得る働きをするので、その結果乳酸を多く放出します。ここまでわかりますか?」
「何となくですが、乳酸とはどのような働きをするのですか?」
「疲労に関わる物質です。たとえばあなたが運動場でうさぎ跳びを100メートルもしたらどうなりますか?
だるさを感じ、動きたくなくなるでしょう。その原因は激しい筋肉疲労から生み出される乳酸のせいなのです。酸素を使い細胞は筋肉を動かすためにエネルギーをブドウ糖から得るのです」
「その運動のせいで乳酸が放出されるというのですね」
「そうです。がん細胞は非常に効率の悪いエネルギー取り込みをしているので、大量のブドウ糖を使いそして乳酸を大量に出します。もし食べ物が入ってこなくなり栄養分が不足すると、おとなしくなるのではなく、体の中にある筋肉細胞を分解してそこから栄養分を吸収するのです」
「体の正常細胞を壊してそこから栄養を奪い取るという事ですか?」
「簡単に言うとそういう事です。ですから、良質なたんぱく質を普段より多めに採って、自分の体を守らないといけません。抗がん剤の副作用で食欲が減退してゆくでしょうが、頑張って栄養を採るように話してあげてください」
「ガンの患者が痩せて行くのはそういう事だったのですね」
「ええ、そうらしいです。正しく言うとね、がん細胞は取り込むブドウ糖が不足すると、自らが生き延びるために、ホルモンなどを分泌して筋肉や脂肪を崩壊させ、そこから流れ出るアミノ酸や脂肪酸を糖質に変換して用いようとするのです。先ほどの乳酸ですが、正常細胞では三十分も休憩すればゼロに戻りますが、がん患者の場合は何もしなくても常に乳酸値は高い数値を示します」
「では、彼女には食べたくないといっても無理して食べるように言ってあげるといいのでしょうか?」
「それも無理な状況になってゆくと思えますので、先生に相談して、たんぱく質の合成を高めるサプリメントを飲むようにしてもらってください」
「ありがとうございました。とても参考になりました」
「早く彼女さんが良くなって、あなたもここを退院して二人で仲良く性生活が出来ることを願っていますよ」
男性にとってそれは夢のような話に思えたが、希望を感じられることでもあった。
作品名:「恋愛病院 不倫病棟」 第八回 作家名:てっしゅう