【幽意義な夢現】
あーあ、と声に出す。掠れた声が、狭い部屋に寂しく落ちた。何処にも男の気配は無い。帰ったのだろう。閉じたカーテン越しの外はまだまだ暗く、感覚的にもまだ夜中なのだろうなぁ、と思う。日付が変わって、少し経った辺り。
毛布をおざなりに畳んで、端に置く。酷く喉が渇いていて、テーブルの上の自分のマグを手に取った。半分程中身の残っているそれはすっかり冷めていて、マグを持つ右手が冷たい。構わずにぐいと飲み干す。あんなにいい香りがしていたのに、ただ冷えて中途半端な苦味がとぐろを巻いていただけだった。普通に不味い。
テーブルの上には空になったもう一つのマグが置き去りにされていて、何ともいえない気持ちになる。片付ける気力はなかった。
皺くちゃになったワイシャツを、好い加減着替える事にして自分の部屋に戻る。シャツを脱ごうとして、シャワーを浴びようか迷って手を止めた。やめた。
代わりに煙草とライターを持って、またリビングに戻る。ソファに寄り掛かるようにして、冷たい床の上に腰を下ろす。ぼんやりとしたまま、体に染み付いた慣れた動作で煙草を銜え、火を点ける。ゆっくりと吸い込んで、少し溜めてから、ゆっくりと吐く。後頭部をソファに沈めて、ゆらゆらと漂う煙を目で追った。煙草の煙が目に沁みて、少しだけ泣いた。
【END】
素性どころか名前も知らない、既に死んでいるであろう男に恋をした。