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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅰ

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「カクテルにもそういうのがあるんだそうです。今、うちのマスターが凝ってるんですよ、あの顔で。可笑しいでしょ? あ、どうぞ、どうぞ」
 やや軽い口をきいたバーテンダーは、目をきらきら輝かせながら、溶けかかったコーヒーフロートのようなカクテルをすすめてきた。美紗はそっとグラスに手を伸ばし、ふんわりとしたクリームの部分に口を付けた。グラスを少し傾けると、クリームの下から温かい茶色の液体が流れ込み、口の中で混ざり合った。
「甘くて、あったかい……」
 天井を仰ぎ見て深いため息をついた美紗は、若いバーテンダーとさほど変わらない幼顔を晒した。先ほどおしぼりで涙を拭いてほとんど素顔になってしまったうえに、真っ黒なストレートの髪型はいかにも地味で、顔周りを飾るものも特に身に着けていなかった。二か月ほど前に二七歳の誕生日を一人で迎えたが、ビジネススーツを着ていなければ、外見はまるで十代後半だった。しかし、スーツの袖口から見える手首も、ホットグラスに添えられた手の甲も、かさついて骨が目立ち、若い女のものとは思えないほど醜かった。
 痛んだ手に目を留めたバーテンダーは、一瞬、その顔に憂いの色を浮かべた。美紗は、しかし、それに気付くことなく、コーヒーとウイスキーの香りが絶妙に混ざるホットカクテルを、静かに飲んだ。

 体を温めた美紗が半分ほど中身の減ったグラスをテーブルに置いた時、バーテンダーが突然口を開いた。
「あ、あのー、僕、篠野といいます。一年ほど前からここで働いてます」
 美紗は、唖然として、目の前にいるバーテンダーを凝視した。唐突に自己紹介を始めた彼は、客の困惑にはお構いなしに、にこにこと笑顔を返した。バーテンダーというよりは、ファーストフード店で働くアルバイト店員のようだ。初々しく爽やかだが、静かな雰囲気のバーで働くには、いささか浮いているようにも見える。
 きっとこの店が初めての職場なのだろう、と、美紗は想像した。階段の踊り場で人に恐怖感を与えるような態度を見せたのも、ただ接客の経験が少ないからかもしれない。特に、自分のような「珍客」には……。
「あ、えっと、名前は征です。征服とか遠征とかのセイ」
 慌てて言い足したバーテンダーは、また、あはは、と笑って右手で頭を掻いた。勇ましいイメージの名前とは全くかけ離れた仕草に、美紗は思わず口元を緩めた。
「一年前から、ってことは、篠野さんより私のほうが、ここでは……古株?」
 自然とくだけた口調になり、自分の名前を言いかける。それを征が人懐っこい笑顔で遮った。
「鈴置さん、でしょう? 確か、日垣さんがそう呼んでました」