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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅰ

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 バーテンダーは、美紗を一番奥の二人席に案内した。隣のテーブルとの間に、飾り棚を兼ねた衝立がある。夜景が良く見える「いつもの席」だ。美紗はテーブルの前で立ちすくんだ。そのまま座ることにいささかのためらいを感じたが、違う席にしてほしいと言う気にもなれなかった。
「取りあえず、温かいものをお作りしました」
 濃茶色と白の液体が入ったホットグラスをテーブルの真ん中に置かれ、美紗はその席に座らざるを得なくなった。体が自然に、奥側の「いつもの場所」を選ぶ。店の人に声をかけやすい手前側の席には、いつもあの人が座っていた。あの人は、そこでいつも水割りばかり飲み、いつも和やかに話し、いつも穏やかな笑顔を見せていた。
 美紗は、誰もいない向かい側の席をぼんやりと眺めた。仕事中には決して見せることのなかったあの優しい眼差しを最後に見たのは、もう数か月以上も前になる。

「どうぞ」
 若い男の明るい声が、あの人のいた風景を掻き消した。バーテンダーが、テーブルを挟んで向かいの席に座っていた。美紗は口の中で、あ、と驚きの声を出し、慌ててそれを飲み込んだ。一人客を案内したバーテンダーがそのまま同じテーブル席に座り込んだことにも意表を突かれたが、それ以上に、天井から吊られた照明の灯りを受けた彼が実に頼りなげな若者だったことに気付いたからだ。
 つい先ほど、美紗におしぼりを押し付けて冷たく笑った人間と、目の前に座る人懐っこそうなバーテンダー姿の男が、同一人物とは思えなかった。よく見れば、背丈はあっても全体的に線が細い。顔つきも、雰囲気も、少年のような幼さを残している。
「これ、アイリッシュ・コーヒーっていうんですけど、お飲みになったことあります?」
 グラスを美紗のほうにそっと押しやるバーテンダーは、それなりの敬語で話しているにも関わらず、話し方まで子供っぽかった。美紗は「いいえ」とだけ答え、白いクリームが降り積もったカクテルを見つめた。
「これは、砂糖とコーヒーを入れたグラスにウイスキーを注ぎ入れて、その上にホイップクリームを浮かべているんです。寒い国で生まれたカクテルだそうで、カクテル言葉は『温めて』というんですよ。そのまんまで芸がないですよね」
 うっかり地が出たのか、バーテンダーは楽しげに声を立てて、あはは、と笑った。滑稽なほど屈託のない笑顔が、美紗の警戒心を少しだけ和らげた。
「カクテル言葉? 花言葉は聞いたことあるけど……」