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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅰ

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(第二章)ホーセズネックの導き(5)-新しい職場



 次の日から、美紗は、出向扱いの形で統合情報局第1部に勤務場所を移し、翌七月一日付けで正式に第1部長直轄チームの最年少メンバーになった。セキュリティ・クリアランスの格上げに数か月の手続き期間が必要との理由で、所定の照会手続きが終わるまで、業務範囲には一定の制限が設けられた。それでも、新しい仕事は美紗の実力をはるかに超えるレベルで容赦なくスタートした。
 直轄チームの担当業務は、まさに「調整」だった。世界の地域情勢や軍事情報の収集分析を担当する第2部以降のセクションから上がってくる報告を取りまとめ、防衛省上層部や部外の関連機関に情報提供するまでの一切を、班長の比留川以下、八名のメンバーで取り仕切る。国際情勢に関する最低限の知識はもちろん、情報提供先となる上層部がいかにその運用を考えているか、多面的な視点と推察が必要とされる仕事だった。
 当面、美紗は、直轄チームの雑用を引き受けながら、先任の松永の補佐業務を担うことになった。図らずも指導役となった松永は、新入りの女性職員を「適性はありそうだが三年目にしては要領が悪い」と酷評した。入省して最初の二年間をほぼ雑用係として過ごしたことが大きく響いていたのは、明らかだった。
 その理由を知る松永は、豪胆なイメージのイガグリ頭に似合わず、こまごまと気を配った。そして、業務に必要な知識を早急に詰め込むべく、たくさんの「宿題」を課してきた。おかげで、美紗は連日夜遅くまで「直轄ジマ」に一人残る羽目になった。
 もっと経験を積みたいなどと言い出さなければ、八時半から五時まで、決まった雑用にプラスアルファのことだけをやっていれば事足りる環境に、長くいられるはずだった。しかし、美紗に後悔はなかった。
 何もしないうちに、見えない天井に阻まれて現役を終わるのでは、自分の将来を軽んじた父親の言うとおりの人生しか期待できない――。

 第1部長の日垣は、一人で悪戦苦闘する美紗を見かけると、時々パイプいすを手に、「一息入れよう」と声をかけてきた。そして、美紗の席の斜め後ろに陣取ると、敷地内にある売店で買ってきたのか、二本の缶ビールを机の上に置いて、片方をすすめてきた。
 初めてこれをやられた時は、美紗は相当面食らった。あまりに驚いて、きっぱり「飲めないですから」と答えてしまった。
「そうだった? 歓迎会の時、顔色ひとつ変えずに相当飲んでた気がするけど、誰かと勘違いしてたかな……」