嘘と演技
私達は今度は指名手配される事も無く、堂々と会社の中に入り本条則明を待った。
今まで本条則明と出会ってから感じていた違和感。それは、さくらさんのお嬢様の様な風体と、本条則明の様な、裏の世界で生きる、つらい、さも下水道の中から栄誉を勝ち取ろうとする、嗚咽の声から生まれる主張のような生き方のギャップからきていたのかもしれない。
「本条来るかな?」
「さあ」
私と由美はそんな会話をした。
“カツーン”
遠くの方から足音がした。
“カツーン。カツン。カツン”
その足音はまぎれもなく本条則明のものだった。世界を動かし、政界にも混乱をきたしたその張本人が私達の前に現れた。本条は私に一礼をし、
「あなたはカンボジアであった結城さんですね」
そう聞いてきたので、
「ああそうだ」
私はそう答えた。
「必ず会えると思いましたよ。娘をさくらを宜しくお願いします」
「他にいう事はないのか?」
「部落の生まれで家を転々とし、何度も捨てられ、大人になり政界に足を踏み入れ、ヘルシンキ関税撤廃条約締結、オスロ―和平条約締結、新モントール和平条約締結、ニュルンベルク和平条約締結、トロント和平条約締結。数々の条約を結んだ。こんな私でも生まれてきた意味はあるかな?」
本条はそう誰かに言う訳でもなく、天を仰ぎ見ながら自分自身に尋ねる様に、また私に答えを求めるように聞いてきた。
「ないと言ったら」
私が冷淡にそう言った。
本条は線香花火が落ちる音にも似た小さなか細い声で、こう呟いた。
「無くて元々だ」
一時代を制した男の悲しい本当に悲しい後姿だった。本条は社長室に駆け込んだ。そこをさくらさんが追いかけた。社長室に鍵がかかり本条は中に入っていった。さくらさんが必死に指紋認証で開け、ドアが開くや否や、
“ズダーン”
そんな銃声の音が響いた。
「お父さん。お父さん」
そこにあったのは本条則明の銃をもって自らの命を絶った、酷い、世の中の泥沼から結局這い上がれなかった様な、目を覆う死体があった。