大坂暮らし日月抄
大坂屋敷に入って旅装束を解き、蔵役人に挨拶を済ませてから、焼け野原になったと聞いていた、天満から船場界隈を歩いた。
幼馴染の友人で、先輩同役となる平野晋作は、
「とりあえず、自分の目で町を見てこい。知り合いのことも気になるだろう」
と言って、現実を自分の目で見、町の人の声を直に聞くことを勧めて、屋敷から押し出した。
焼け跡はすでに片づけられ、新しい建物の基礎が、到る所にできつつあった。金槌の音があちこちから高らかに響き渡ってくる中、予想に反して町の人々は活気づいており、威勢の良い掛け声が交わされていた。
晴之丞が用心棒を務めた、高麗橋にあった三井呉服店をはじめ、周辺の豪商大店はすべて焼け落ち、今新たな、前にも増して大きな建物を建築しようとしている。荷車に積んだ、多くの材木が運び込まれていた。
職人の休憩処としての簡易な建物の中では、食事や飲み物を安く提供していた。その中でも、賄い婦たちが、冗談を交わしながら忙しげに立ち働いている。みな、楽しげである。聞いてみると、被災した人ばかりであった。
「命さえあったらな、後はなんとかなるもんや」
「もともと、持ちもんなんかあらへん。着たきり雀やったし」
「あの大飢饉を乗り越えたんやし、なぁ」
「そうや、今より悪ぅなりようがないがな」
「こうして働けるだけでも、ああ、有り難いもんや。ちょっと前まで、仕事すらなかったゆうんが、悪い夢やったんや」
京町堀二丁メには源兵衛裏長屋があるはずだったが、どのあたりであったのか、皆目見当がつかない。目印となる物を求めて、歩き回っていた時。
「晴さん! 晴さんやないのん」
聞き慣れた声がした。
「やっぱり。どないしたん、松江に帰らはったって聞いとったのに。はは〜ん、お殿さんに、所払いされたんやね」
お京は、したり顔でうなずいた。晴之丞が事情を説明しようと口を開くよりも早く、お京が続けた。
「気にせんとき。うちらがまた、世話したげるよってに」
「いや、そ・・・」
「おてるさんとこも、おゆうちゃんとおかぁちゃんも、徳平さんも。うっとこもやけど、みんな元気やでぇ。仕事に忙しいてなぁ。それに晴さん、驚きなや・・・お よ ね さ ん、だんなもやけどな、長屋が新しいのんでけたら、また一緒に住むねん。大塩様のお蔭。仕事がいっぱいでけて、笑いが止まらん」
お京の亭主は、大工であった。
さらに、お京が続けた。今度は、しんみりとして。
「小雪さんも一緒やったら、ええのに、なぁ」
そして、晴之丞の顔を見上げた。
「皆、無事で、何よりであった。今回は、藩の御用で参ったのでな。屋敷で落ち着いたら、また出直す」
晴之丞は、小雪と、今さらに夫婦になったことを知られるのが気恥ずかしくて、
「口入屋にも会わねば」
と、そそくさと立ち去った。
事実、口入屋九兵衛の様子を見るためである。
九兵衛ならば、洗心洞門人を核とした武装蜂起の状況を、詳しく知っているだろう。最早、九兵衛が沈んでいるとは考えられない。