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蒼き旗に誓うは我が運命

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 「マックスさんは、よく落ち着いていられますね?」
 「慌てたってしょうがねぇ。ソルヴェールはなぁ、突然の困難に何度も遭って来た。その旅に、あーでもねぇこーでもねぇなんて言っていたら、とっくに消えてる。答えは、ちゃんと海が教えてくれる。―――って、キャプテンの言葉だけとな」
 「海が―――、教えてくれる…?」
 そのジェフリーは腕を組んだまま一時間、船長室から動く事はなかった。
 「エルドアン」
 直ぐ近くにいて、カップに茶を注いでいたサン・ディスカバリー号の副長が、静かに顔を上げた。
 「全員に、出航準備をさせろ。ただし―――、彼等に気づかれないようにな」
 「了解、キャプテン」
 普通の船なら止めるべきを、エルドアンはニッコリ笑って踵を返した。ジェフリーに、絶対の信頼を寄せるならではである。
 王宮では御前会議が開かれていたが、なかなか採決に至らない。長引かせているのは、国王ジョアン二世である。
 「―――彼等は、海賊から我が国を護った。それを解体するのは…、民が何と言おう?ただてさえ、反感が我々に向いている」
 「国王陛下、それは昔の事。これ以上はあの男のする事をお許しになれば、中枢にいる貴族たちが、陛下をどう思われるか」
 安易に、誰のお陰で国王でいられるのかと脅しているような発言である。
 「叔父…、オルレアン公爵」
 「御決断を」
 「申し上げます!!」
 「何事だ!?国王陛下の御前だぞ!」
 「サン・ディスカバリー号が…、動き始めました…」
 オルレアン公爵はもちろん、貴族たちは「何を言っているのだ」と言う顔だった。
 「嘘ではございません…。沖に向かい…出航を…」
 「何だ…と…?」
 自信に満ちていたオルレアン公爵の顔が強張ると対照的に、顔を輝かせた者が一人だけいた。その顔はほんの一瞬だったが。
  


 動き始めたサン・ディスカバリー号は、ゆっくりと沖へ向かいつつあった。この先は、岩礁地帯。進むには、勘だけが頼りになる。
 「大丈夫なんでしょうか?エルドアン副長」
 「多分、イベリアは追って来られませんよ、カイン。彼等は、完全に油断した。このプリウスを越えた船乗りがいた事を、彼等は調べるべきでしたね」
 「―――そんな人が、このサン・ディスカバリー号にいるんですか?」
 そんなカインの視界に舵輪の前に立ち、握った人物がいた。
 「ええ。十八の時に、ここを挑んだそうです。その時はもう―――、ソルヴェール惣領だったとか」
 その人物の名は、ジェフリー・ラ・リカルド。
 狭い入り江であるプリウスは、超えたとしても出口を塞がれる心配があるが、サン・ディスカバリー号の動きに気づいたとしても、海軍は動けない。プレサワールから直ぐに出航したとしても、その時は既にサン・ディスカバリー号は遙か彼方。
 「―――ば、ばかな…」
 プレサワールに駆け付けたワイヤー提督も信じられなかった。サン・ディスカバリー号の動きを絶つ場所として、プリウスをオルレアン公爵に進言したのは彼である。
 そして、彼以上に信じられぬと表情を変えたのは、デイ・オルレアン公爵本人であった。
 更に驚くべき事が、国王ジョアン二世から聞かされる。
 「―――今…何と?陛下」
 「先ほどの会議の採決。却下すると申した。何故なら余は、フォンティーラ公爵に捜してきて欲しいものを依頼した。国王の命を受けた船を止めると云われるか」
 「ならば…この私にご相談を…」
 「余の意見など―――、貴方は聞こうとしないではないか…」
 国王ジョアン二世の、初めての反抗。国王を軽視し、己の傀儡と思っていたオルレアン公爵にとって、二重の衝撃であった。
 これが、国王ジョアン二世の計画であった。
 国王でありながら傀儡とされ、玉座に座っているだけの存在。貴族達に軽んじられ、叔父であるオルレアン公爵の目に怯えて何もしてこなかった。その間に内部は腐敗堕落し、民衆の怒りは高まり、この国は外からの護りにも弱体化した。
 今回、ジェフリーが逢いたいとやって来た時、国王は思ったのだ。王として、この国を立て直さねばならないと。

 波を蹴り、サン・ディスカバリー号は順調に《船の牢獄》を乗りこなした。
 「キャプテン、もうすぐイベリア領海を出るぜ」
 「カイン、戻るなら今だぞ。この先は、俺達も予想が付かない。海は、毎日同じとは限らない。しかも、刺客も俺たちを追ってくる。ここが、安全だとは言えない」
 「理解っています。キャプテン、僕に剣を教えてください。僕も、戦います」
 「おい坊や、剣の相手なら俺がしてやるよ。」
 「マックス砲術長、大砲を撃つ以外に剣もできるんですか?」
 疑い目を向けられて、マックスは怯んだ。
 「な、なんだよ!その馬鹿にしたような目は…。このクソ餓鬼、頭きた」
 「坊やでも、クソ餓鬼でもありません!僕には、カインと言う名前があるんです!」
 「ふんっ、さっきまで震えていた癖に。ぼーや」
 「なかなか、いいコンビですね?」
 二人の絡みにクスクス笑うエルドアンの横で、ジェフリーは舵輪を回した。
 「―――取り舵35、外洋に出るぞ!!」
 「了解ーーー!!」
鉛色だった空はいつしか割れて、青空が覗いている。
 確かに、この先に何があるのか誰にも理解らない。希望が絶望に変わる事も少なくはない。だが、その希望は決して捨てない。
 例えそれがどんなに辛いものであっても、絶望と思うものの中にもきっと希望が隠されていると思うから。
 ―――海が、教えてくれる。
 それはこう言う事かも知れない。カイトは、水平線を見つめそう理解した。
 宛てのない、サン・ディスカバリー号の航海はこうして波乱の幕開けと供に始まった。
それぞれの、志を乗せて。