「もう一つの戦争」 敗北と幸一の運命 7.
実際にはこの特攻作戦は殆ど連合軍には損傷を与えられずに、海軍機940機、陸軍機887機を失い、海軍では2045名、陸軍では1022名が特攻により戦死した。
特攻隊は海軍・陸軍とも航空機や船舶など多くの部隊として編成されていたが、最も著名なものが海軍の「神風特別攻撃隊」であった。
それは海軍航空機からなる特別攻撃隊であり、元寇を追い払ったとされる「神風」の思想の影響から神風特別攻撃隊(しんぷうとくべつこうげきたい)と呼称していた。
特攻には消極的だった陸軍も、時局の趨勢により特攻隊を編成した。
沖縄戦では知覧・都城などを拠点に作戦が遂行された。
四月四日、最初の出水基地からの特攻に向かう第一陣の壮行会が行われ、立ち並ぶ勇士たちに上官である幸一は盃を交わしてゆく。
三月の本土大空襲と硫黄島の玉砕を受けて、十八日には九州東南海上のアメリカ機動部隊に対して、海軍特攻菊水部隊彗星隊平田博一中尉以下十九機、零戦五機、同銀河隊宇野篤大尉以下八機が突入し散華していた。
この作戦で、空母エンタープライズ(19900トン)、ヨークタウン(二代目=27100トン)、イントレピッド(同排水量)に損害を与えていた。
作品名:「もう一つの戦争」 敗北と幸一の運命 7. 作家名:てっしゅう