からっ風と、繭の郷の子守唄 第6話~第10話
バイクを語り出すと、店長の熱弁は止まらなくなる。
運転席に収まった康平が、ハンドルに手をかける。
握り心地を確かめた後、微笑みを浮かべて熱弁中の店長を振り返る。
「250ccに乗るのは初めてです。
なにか運転時に、特に心がけおくことがありますか。店長」
「そうだな。お前さんの腕なら何ひとつ、心配はないだろう
アドバイスというのなら、コーナリング時に、ちょっとした思いやりが
必要だ。
いつものように、頭から突っ込んでいくのはやめてくれ。
鋭い侵入角度ではなく、やさしく優雅に旋回することを心がけてくれ。
グラスの水を、縁(ふち)に沿って回していくようなイメージだ。
くるりと柔らかく旋回していく・・・・できるよな、お前なら。
そうだな。大きめのワイングラスに、良質のワインを70%くらいまで満たす。
そいつを後部座席に置く。
ワインをこぼさないように、常にゆったりと柔らかい操縦する。
山道のカーブを、右に左に優雅に走り抜けていく・・・・
それがフォルツァの持ち味を生かした、上手い運転操作だと思うぜ」
「あら。・・・・ということは、後部座席に乗る私は、
台湾からやってきた、上等なワインということになるのかしら?」
「おう。まさにその通りだ。
後部座席に座るお前さんは、台湾からやって来た最高級のワインそのものだ。
康平。はるばる台湾から、やってきた大切なワインだ。
乱暴に橋って、後部座席のワインをこぼすんじゃないぞ。
わかったな。わかったら、もうさっさと走り出せ。
快晴の赤城の山が呼んでるぞ。
いいなぁ、若い連中は・・・・
俺があと20歳も若ければ、今頃はもう、あの赤城の山の真ん中を、
可愛いお嬢さんをうしろに乗せて、疾走している頃だろうに・・・・
惜しいなぁ。まったく、あっはっは」
セルを回すと、ホンダ独得の4サイクルエンジンが静かに起動する。
静寂なトルクが、心地よくシートを通じて全身に伝わってくる。
青いつなぎ服を着た店長が、ヘルメットの紐を締めている康平に向かって、
ビッグスクーターの性能を、あらためての説明している。
「いまどきのビッグスクーターは、人気に後押しされて高機能化しているぞ。
シフトモードは、通常走行用のD。スポーツ向けのS。7速マニュアル。
ここまでは標準だが、このさきが凄い。
スロットル操作に合わせて、自動でシフトチェンジが行われる
オートシフトモードというやつが、装備されている。
状況に応じて、自分好みの走りが選択できると言う訳だ。
市街地ならDで充分だろう。
山道や郊外ならスポーツモードのSがお薦めだ。
事前の説明は、この程度で充分だろう。
お前さんの腕なら、走っているうちに体で理解するだろう」
店長が後部座席の貞園に、視線を向ける。
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第6話~第10話 作家名:落合順平