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からっ風と、繭の郷の子守唄 1話~5話

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 「例の発砲事件で、一般人も含めて、4人がスナックで殺された直後でしょう。
 警察の聞き取りも、しつっこいったらありゃしない。
 関係ない私の素性まで、たっぷり探られちゃった。
 無職でいられるのは、香港マフィアの愛人だろうなんて、最初から疑うんだ。
 頭にきちゃうわよ、まったく日本の警察ときたら。
 だいいち私は、香港の生まれでは無く、台湾出身だっていうのにさ」


 「ママに頼まれて、たった一日、たまたま顔を出しただけだろう。
 とんだことで災難だったねぇ。
 運が良いねぇ・・・それにしても貞園は。
 めったに出会える事件じゃないし、体験したくっても無理がある。
 隠さず話せ。実は見たんだろう、本当は。発砲している現場を」


 「康平。・・・・あんた、とぼけている割りに、警察より
 はるかに鋭どい勘をしているわねぇ。
 実はね、見たのよ。男が拳銃を構えて、発砲するその瞬間を。
 たまたまトイレに居たの、わたし。
 車の音がしたので何気なく表をのぞいたら、クリクリ主頭の痩せた男が
 鬼の様な顔で、お店の前に立っていたの。
 何しているんだろうと思って、窓から顔を出そうとしたら、
 その男が、いきなりお店のドアに向かって、パンパンと発砲したのよ。
 あたし。びっくりして、その場へそのまますわりこんじゃった!」


 「へぇ~。そうすると君は、犯人の顔をそれとなく見ているわけだ。
 そりゃあ、怖いものが有る。
 うっかり喋れば、今度はそいつに君が狙われることになる。
 警察で事実を話さなかったのは賢明だ。
 君はそのおかげで、たぶん、長生きをすることができる」

 
 「変な、褒め方ねぇ・・・・なんだか、釈然としないな」


 「おっ。その表現は、正しい日本語の使い方だ。
 やはり、ピンチは人を成長させるようだな」


 「もう、真面目に聞いてよ、康平ったら。
 あたしは、殺されるかもしれないほどの、恐い目に遭ったんだよ。
 いくら上州が任侠の国でも、拳銃の発砲だけはごめんです。
 生命がいくつあっても、足りないもの」


 「その通りだ。
 例のやくざの発砲事件が、いまだに尾を引いているからね。
 2人組のやくざが、市内のスナックで無差別発砲した。
 お店のお客さんもふくめて、4人が射殺されるという事件が
 発生したばかりだ。
 まもなく犯人が自首してきたが、事件の内容と背後関係については、
 いまだに完全黙秘を続けているそうだ。
 事件の背景には、暴力団同士のトラブルがある。
 2001年の8月、東京都葛飾区の斎場で、住吉会系の最高幹部2人が
 稲川会系のヒットマンに、射殺されるという事件が発生している。
 この事件を受けて、稲川会ではヒットマンの所属する二次団体の責任者の
 2人を絶縁処分にした。
 しかし、これだけで事は納まらなかった。
 絶縁された2人の責任者は、それ以降も、何者かによって自宅に
 火炎ビンを投げ込まれたり、拳銃を撃ち込まれたりした。
 前橋の乱射事件も、客として来ていた絶縁されたうちの1人を狙ったものだ。
 彼はその前年の10月にも拳銃で襲撃を受け、命拾いをしているからね」


 「詳しいわね、康平は。
 まさか。そう言う世界に、首を突っ込んでいないでしょうねぇ、あなたは。
 私は大嫌いだよ、ドンパチのヤクザの世界なんか」

 「みんな嫌いだ。物騒なヤクザの世界なんか。
 機嫌を直せ、貞園。おわびに、とっておきの酒を一杯おごろう」

 
 康平が自分のボトル、「黒霧島」の封を切る。
黒霧島は九州の酒で、サツマイモを原料にした芳醇で本格派のイモ焼酎。
グラスへ半分ほど注いでから、60度に冷ましたお湯をほぼ、
グラスの口いっぱいまで注ぎこむ。


 「台湾人のくせに九州の焼酎が好みとは、お前さんも変わっている女だ。
 しかも本格的なお湯割りが、大の好物ときやがる・・・・
 お客さん。なかなかの、「ツウ」ですねぇ」


 康平が、あははと、大きな声で笑う。
ここは群馬県の県都。前橋市にある通称『呑竜仲店』と呼ばれている、
呑んべぇ横丁。
康平はこの店のマスター。貞園は、某冷暖房機器会社の社長愛人。
貞園は、愛人暮らしを続けながら、時々、康平の店へ顔を出す。
このふたりは、今から10年ほど前、ひょんなことから知り合いになっている。
それが縁で、いまにつながる付き合いが続いている。